はじまりの日

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 ――結局、終電ギリギリの時間になってしまった。 渋しぶといった感じを全く隠さないままに、改札を通った和を聡は見送る。  コンコースを歩いて行く和には、振り返ったり立ち止まったりする余裕はもうないはずだった。  頭では分かってはいるものの、そうしてくれるといいのにと、聡は思わずにはいられなかった。  つい、我慢が出来なくなり、黒いコートに包まれた広い背中へと叫ぶ。 「(なぎ)!誕生日おめでとう!和にとって今年一年が、佳い年になるように祈っている‼」  思わず振り返った和の目には、腕を目一杯伸ばし、大きく手を振る聡の姿が飛び込んできた。 それなりに離れていたが、その顔が上気しているのまで分かった。  全く――、いい年って、年賀状の文句じゃないんだからと、和は半ば照れてなかば呆れる。  しかし、文字通り手放し状態の聡の『応援(エール)』に、和はこみ上げてくる笑いを想いを抑えることが出来なかった。 手を振り返し、言葉もまた聡へと返した。 「いい年になるに決まってんじゃん‼――センセイと一緒だから!」 「⁉」  不意を突かれて黙る聡に、和は一回だけ手を上げた。 そして前を向き、ホームへと続くエスカレーターに乗り込んで行った――。  聡は、和の姿が視界からすっかり消えても、しばらくの間改札口に立ち尽くしていた。 電光掲示板で、和が乗った最終電車が発車したのを見届けてからやっと、歩き始める。  見ると、駅前のロータリーの時計は、もうすぐ十二時を指そうとしていた。 和の十八才最初の日は、あと十五分ほどで終わりを告げようとしている。  ――さっきの和は、そんなのは必要ないと全く取り合わなかった。 それでも聡は雨上がりの、まだ寒い四月の夜空を見上げ、束の間祈る。  名前も分からないおぼろげな光の星ぼしに、和と自分との今年一年の、いや、これからの幸せを願わずにはいられなかった――。                  終
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