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白河はいつも、白衣の襟元から趣味の良いネクタイを覗かせていた。
どれもよく似合っていたそれらは、おそらくはブランド物で、――妻が選んだものだったのだろう。
直接、白河の口から聞いたことはなかったが、聡はそう信じていた。
やっと安心したのか、はにかむ和にハンガーを貸すべく、聡は一時、キッチンからの籠城を解いた。
「でも、何で今日、着てきたんだ?」
クローゼット様の衣類ボックスから引っ張り出したハンガーを手渡して、聡は和に問う。
和は、ごく当たり前のように答えた。
「何でって――、大学の入学式、センセイ来れないじゃん」
「まぁ、そうだな・・・」
例え、聡が休みを取れたとしても出席出来ないのは、聡本人はもちろんのこと、和にも分かり切っていた。
いくらリハビリを担当したとはいえ、それだけでは入学式にまではやって来ないだろう。普通は。
だから――、
「見せたかったんだ。センセイに」
「わざわざおれに?そのだけのために?」
和がうなずき、コートとジャケットとを脱ぎ、ハンガーに掛けた。
それらを受け取り、聡はさらにたずねる。
「でも、そんな格好をして出てきて、家の人、ご家族に何か聞かれなかったか?――どこで誰と会うのか?とか」
一瞬だけ和は言葉に詰まったが、すぐに続けた。
「聞かれた。・・・誕生日だから、大事な、大切な人と会うって言ってきた」
「和――」
和の格好といい家族への説明といい、まるで、高級レストランで恋人と誕生日を祝うかのようだと、聡は思った。
本当に自分の部屋でよかったのだろうか?と悩み迷うが、もう遅い。
場所を移す以前に、他のところを知らなかった。
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