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押し黙る聡の目の前で、和がグイッと、襟元のネクタイを緩めた。
和としては、キッチリと結ばれていたので単純に窮屈だっただけなのだろう。
しかし、聡にとっては違っていた。
白河は聡との情事の際に先ず、ネクタイを緩め、外した。
――それが、同じ病院に勤務する外科医と理学療法士という関係から、不倫とはいえ、束の間の恋人同士になる『合図』だった。
そんなことはもちろん全く知らない和の、露わになった首元に、聡の手は引き寄せられた。
覗いた喉仏に、指先でそっと触れる。
たった今、思い出したかのように、聡が言った。
「プレゼント、何がいい?」
「センセイ――」
「ごめん。色々と考えたんだけど、和の欲しいものが思い付かなくって・・・次に会った時に渡すよ。何がいい?」
本気で、済まないと思っているのだろう。
聡は、和の喉の突起へと触れる指はそのままで、うつむきながら言う。
「次じゃ、嫌だ――。今日、欲しい」
「和?」
すかさず返ってきた和の強い言葉に、さすがに聡も反射的に顔を上げた。
和が、言葉と同じくらい烈しい光を宿した目で、聡を見下ろしていた。
「センセイ、おれが欲しいもの、ホントに思い付かなかった?ホントに分かんない?」
「・・・・・・」
言葉を失う聡の、喉仏を触るがままにしていた手を、和は掴んだ。
「センセイに決まってるだろ⁉――センセイが欲しい。他はいらない」
つぶやいた和が一歩、さらに前へと、聡へと足を踏み出したその時、
聡の背後のキッチンから、甲高い音が上がった。
一口コンロに掛けていたケトルが、お湯が沸いたのを知らせる音だった。
和はとっさに聡の手首を放し、聡は慌てて、再び狭いキッチンへと引き返してしまった――。
拍子抜けをした和はズルズルと崩れるように、その場へと腰を下ろした。
ベッドサイドを背もたれ代わりに寄り掛かるのも、キッチンへと向かう聡の後ろ姿を眺めるのも、一ヶ月前と全く同じだったが、――違う。
前に来た時は意識をして、見ないようにみないようにしていた後ろに、和はチラッと視線を走らせた。
ごくありふれた、シングルベッドだった。
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