降りしきる雨の矢の中を

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 聡が和に『告白』されたのは、今年の一月の半ば、和がまだ十七才の時だった。  聡は、和が十八才の誕生日を迎える四月一日まで付き合うのを待っていてほしいと頼んだ。 条例違反を知られて、今、就いている理学療法士という仕事を失いたくはなかった。 いかにも汚い、オトナらしい理由だと、聡は自分で言っていても嫌になった。  しかし、和は聡に待つと言った。――言ってくれた。 センセイを、聡を犯罪者にはしたくないから待つと、ハッキリと告げた。  和は歩きながら、なおも続ける。 「でも、婚約してるか婚約と同じくらい真剣な交際なら、十八才未満でもヤッてもいいんだって」 「和・・・」  思わず足を止めた聡に合わせて、和は言う。 「もう十八になったから今さらだし、結婚とかそんなんじゃないけど――、おれは真剣だよ」 真剣だから、待ったんだ。という和の声なきこえを、聡は確かに聞いた。 「分かっている。――分かっているよ」  聡は、もしも和と付き合っているのが、つまり、淫行がバレたら職を失うと、真っ先にそのことを考えた。  それだけでも、最低だと落ち込んだ。 そんな聡をさらに(さいな)み責め立てたのは、待っていてほしいと言うことで、和が本気かどうかを試している自分自身だった――。  再び歩き始めた聡は、和ではなく前を見ながらつぶやいた。 「前から、聞いてみたかったんだけど――」 「何?」 「一体、おれのどこが好きなんだ?」  こんな、おれのことを。と心の中で言い足す聡には、すぐ右隣で歩く和の顔を見て問うことが、どうしても出来なかった。 ただただ降る雨を、前だけを見続ける。  いや、前すらも見ていないのかも知れない。 和の目には、今の聡の瞳は、黒いガラス玉のように映った。  氷見(ひみ)という名字の通り、精巧で儚げな氷の像に埋め込まれた、透き通るきれいなきれいなガラス玉のように――。
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