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ホットココア リベンジ
二年近く、ほぼ毎日行なっているはずなのに、聡は自分の部屋の扉を開けるのに随分と手間取った。
指先が震えて、カチャカチャという、鍵が空回る音ばかりが雨音に紛れる。
「――センセイ?」
「ちょ、ちょっと待っててっっ‼今開けるからっ!」
自分のすぐ後ろに立っている和が苛立っているとは、聡も思っていなかった。
しかし、何故だかとても焦った。
やっと開けたドアの向こう側、玄関へと聡は足を踏み入れる。
ホッと一息を吐いた途端、左耳に直接、震える和の声が滑り下りて来た。
「エイプリルフールとかじゃ、ないよね・・・?」
「和――?」
「もう、センセイに触っても・・・いいんだよね?」
「⁉」
振り返ろうとした時にはもう、既に遅かった。
聡の背中は上体は、和の長い腕に絡め取られて、すっかりと胸の中へと収められていた。
腕に続いて、雨と、違う何かの匂いとが聡を包み込む。
柑橘類のように爽やかであるのに、咲いたばかりの花のような微かな甘さもある、匂い――。
その匂いが和のだと気付いた途端に、聡の背中から体の中心へと熱が走った。
ほんの少しでも首を左へと動かすと、和の顔と、――唇と自分のとが触れ合うのが分かった。
分かったから、聡は左腕の肘から先を辛うじて持ち上げた。
自分へと覆い被さる和の、胸の前で交差する腕を捕らえ強く掴む。
そしてそのまま、深くうなずいた。
「――センセイっっ‼」
一瞬だけだったが、背骨や肋骨が折れるかと思うくらいに強くきつく、聡は和に抱きしめられた。
ほんの小さくだが、思わず呻いたのに気が付いたのか、和が自分よりもずっと小作りな聡の体を、突き飛ばす勢いで放した。
「ゴメン・・・痛かった?」
「いや、大丈夫・・・」
つぶやき、聡はゆっくりと体を反転させた。
玄関先はワンルームに比例して、大人の男二人が立つにはギリギリの狭さだった。
その狭さも相俟って、聡は和と目を合わせるために、ほとんど上を見なければならなかった。
つい今さっき、きつく聡の体を抱きしめた和の腕が手が下りてきて、聡の左頬をすっかりと包み込んだ。
和の親指の先が、唇の端に触れる。
それがまるで合図のように、聡は目を閉じた――。
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