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和のリハビリを担当していたのは、何も、聡ただ一人だけというわけではなかった。
それに聡が、何でも自分に話してほしいと言ったのも、けして和に限ったことではなかった。
リハビリの計画を円滑に進めていくのは、患者本人のためはもちろんこと、自分の仕事のためにもなる――。
それを見込んだ上での聡の常套句、いわゆる、お約束の言葉だった。
しかし、それをバカ正直に告白する勇気などない聡に、和は言葉を放つ。
こちらは真っ正面からの、どストライクの超豪速球で。
「だから、今度はおれがセンセイを引っ張って行くよ。おれのこと、白河医師よりも、ずっとずっと好きになってくれるように」
「和――」
「何でも、おれに話してよ。おれ、センセイのこと、もっと知りたい」
「・・・・・・」
黙ってうなずくのが、聡には精一杯だった。
それすらも、拍子に涙が零れそうになり、必死で堪える。
鏡など見なくても、顔が真っ赤になっているのが自分でも分かった。
それを、和に知られ見られたくなかった聡は、より目深に傘を傾けた。
雨が細い矢のように、聡の足元へと落ちていく。
和はもう、それ以上は何も言わなかったし、何も話そうとはしなかった。
雨の矢が降り注ぐ住宅街を、聡の右隣で、ただただ歩いて行く。
聡の部屋へと、向かうために――。
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