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序章
警察庁祓魔課の終結 蛇使いの笛の音色はアメジストのように妖しく響く編
死の神タナトスは、突如起こった事実に驚愕を隠せなかった。
美しい、美黒の女神、母であるニュクスが、突如呻き出し、その体をただの闇の塊に変えていた。
「母様!貴女に何が起きたと言うのです?!何者にも近づくことさえ出来ぬ絶対的な貴女に?!は?まさか?時の流れを?そうでしょうとも」
ニュクスは、言語を超えたところでタナトスに語りかけていた。
奴だ。奴がやったのだ。
母は、滅びを観測せよとあの男をアースツーに残していった。己の無力を噛み締めよとただ一人生かしておいたのだ。
その母の温情を仇で返すか。ならば良い。
タナトスは一人動き出した。
奴が時を超えたと言うのなら、彼女もそこにいるはずだ。
改めて殺してやろう。そして、お前は原初の闇と一つになるのだ。マルガレーテと呼ばれた絶望に満ちた女。
そうだ。特にお前は念入りに殺してやる。お前は生きていてはならない。
必ず殺してやる!ジョナサン・エルネスト!
足元に転がった母のイヤリングを懐に入れて、タナトスは姿を消した。
さて、どうしようか、この状況を。
ジョナサン・エルネストは途方に暮れて言った。
目の前には、マルガレーテ・エリュシダールが縛り上げられて、形容し難い表情でジョナサンを見つめていた。
多分エラルだろう。猿轡を嵌められていて厳重に拘束されていた。
正しい時間軸では、彼女はここ、ダブリン伯爵邸の隅で、自らの頭を撃って自殺していた。
いや、生きてるけどな。何故か。
「何故、彼女の自殺を止めたのですか?私としては彼女の魂がニュクスと融合する前に滅殺し、ついでにニュクスを今の時間軸に引き込み、神々が寄ってたかってフルボッコにするはずだったのですが」
「完全に先走ったのでぃいす。流石は発情犬でぃいす。私のみならず、このパピヨンに発情したのでぃいすか?」
「違うよ!ただな」
改めてジョナサンは思った。マルガレーテの自殺を止めなくてはいけないと。
全身の細胞が叫んだのだ。彼女を放っておけないと。
何故そうしたのかはっきりしたことは解らなかった。だが、一つだけ言えることはあった。
星の趨勢よりも、目の前の命を守る。
ジョナサン・エルネストは、勇者なのだから。
猿がシンバルを鳴らした。
「元いた時代に戻りましょう。今、恐ろしい存在が我々に迫っています。神界で、今後のことを検討しなければ」
「ニュクスが来てるんだな。下手をすると俺が先に殺されかねんな。当時の俺がガックリしている間にズラかろう」
「彼は完全に貴方に気づいていません。確かにここには濃密な魔力に満ちていますが」
そう。この数年で、ジョナサンは己の鋭敏な探知能力すら掻い潜るハイディングを身につけていた。
今でもはっきり思い出せた。マルガレーテが狙う場所も。どこを撃ち抜くのかも。
ピンポイントに張った極小の多重障壁、更には移動阻害魔法の応用からくる瞬間的な心停止からの蘇生。ユノは勿論当時のジョナサンすら偽認させたのだ。
つまり、当時既に国内最高の暗殺者を、今のジョナサンは偽装死で誑かしたのだった。
その時、恐ろしい気配を感じていた。
ジョナサンは、周囲が闇に覆われていたのを感じていた。
「不味いです。ニュクスが来ました。ああ!」
タイムリーパーが、闇の腕で破損したのが解った。タイムホールが辛うじて広がった。
全員が闇に飲まれようとした時、強大な魔力が闇を阻んでいた。
「ああ?ああそうか!お前がいたんだ!そうだな?!」
ああ。こいつがいたんだ。確か。
「魔王!」
魔王が、ジョナサン達を守って障壁を張っていたのだった。
「何だ?貴様に何が起こった?勇者と、そいつ等は?何だそのアイマスクは?ひまわりガールズの時のか?」
臥待月もエラルも、アイマスクをしていた。
やったのはどっちだ?今でも覚えている。何の意味もないだろうそんなの。
降って湧いた闖入者。それが吉と出るか凶と出るか。
「よし!魔王飛び込むぞ!ニュクスを阻んだまま!行くぞお前等!」
マルガレーテを抱えて、ジョナサンはタイムホールに飛び込んでいった。
邪魔者達に阻まれたニュクスは、未練がましそうにマルガレーテが座っていた辺りに腕を伸ばしていた。
ニュクスとアースツーを巡る騒動は、いよいよ混沌を極めはじめていた。
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