魔女と妃3

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魔女と妃3

アンはどうしょうかと考えた。リナリア殿下と相談をして、情報収集をする事にはなったが。 影を使ってもよいとは父のガレスから、許可はもらえた。だが、影たちが自分の命令を聞いてくれるかどうかはわからない。 とりあえず、父の手紙に書いてあったように影の名前を呼んでみることにする。「…カスミ。私はメアリアン。調べてほしいことがあるの」 自室の応接間にてそう口にしてみると黒い影が音もなく、天井から降り立った。「…何かご用でしょうか?」唐突に現れた影は女性にしては低い声で問いかけてきた。男性にしては高い声ではある。 「実はスルガ国の王の事について調べる事になったの。リナリア殿下が連れ去られそうになったことは知っているわよね?」 「…存じておりますが」 アンは息を吸って、逸る気持ちを押さえようとした。そして、影ことカスミにこう言った。 「そうなの。その事で実際にリナリア殿下を連れ去ろうとしたのは誰なのか。その情報を私はほしいのよ。だから、あなたたちに調べてもらいたいと思ったの。やってもらえる?」 「わかりました。スルガ国の事を調べればよいのですね。でしたら、配下の者を三人程潜り込ませましょう。後、お嬢様の身辺の護衛も他の者にやらせますので。そのおつもりでいてください」 「そう、ありがとう。あなたたちが守ってくれるんだったら心強いわ」 「…我らは仕える主の要望にできうる限り、答えるように長に教え込まれています。ましてや、お嬢様はこの国の皇太子様のお妃になられている。父君様からもくれぐれもと命を受けております」 そうとアンは呟く。妃といっても自分は単なる側妃でしかない。だというのに、正妃候補になっているというだけでこんな風に大事にされるのは大げさだと思う。 「では、お嬢様。わたしはこれにて失礼します」 カスミはそう言って窓を開けて音もなく、姿を消した。 それから、三日が過ぎた。アンは久方ぶりに後宮でのお茶会に参加していた。 といっても、大公妃のレイシェル殿下の主催ではあるが。リナリア殿下が大公妃であれば、事情をよくご存知だから大丈夫だと勧めてくれたからである。 言う通りに参加はしてみたがどこか落ち着かない。 「…あら、西の御方様ではないの。お茶会に来るだなんて珍しいですわね」 声をかけてきたのは、東の御方ことアリサ妃であった。アンは金の髪に青い瞳の勝ち気そうな彼女を見て、ためいをつきたくなった。さすがに失礼になるので、我慢はしたが。 「東の御方様。いえ、大公妃様のお茶会ですから。出ないのは失礼に当たるかと思いましたの。だから、参加したのです」 「へえ、そうでしたの。あなた、体調を崩していたと聞きましたわ。お茶会の途中で退席するような失態はやらないでください。他の側妃たちのいらぬ誤解を受けましてよ」 きつい調子で言われたがアリサ妃からは嫌みを不思議と感じない。アンはにっこりと笑ってこう答えておいた。 「ありがとうございます。体調はもう大丈夫ですから。心配をおかけしたようですみません」 「…べ、別に心配はしておりませんわ。ただ、倒れられると困るからそう言っただけですので」 顔を赤らめながらアリサ妃は速歩きで向こうへ行ってしまった。ちなみに、お茶会は以前と場所が違っている。後宮の正妃の居所である北側に位置する宮の中に造られた薔薇園で行われていた。 他の側妃たちも参加していて薔薇園には香水と花の混じった匂いが風で運ばれてくる。アンは気分が悪くなりそうなのを我慢していた。 薔薇の香りだけだったら平気だが香水の鼻につんとくる匂いが駄目だった。仕方なく、風下に行って側妃たちの集団から距離を取る。今日は風が割と吹いていて薔薇や他の花ヶが揺れていた。 薔薇園には樹木も十数種類程が植えられている。中には八重桜という珍しい東方の国から寄贈された木もあった。それはあまりきつい香りではなく鮮やかな桃色の花を咲かせていて好感が持てる。それを眺めながら、アンは一息ついた。 さて、しばらくして大公妃のレイシェル殿下の他に大公陛下と子息の皇太子殿下がお出ましになる。これには側妃たちも驚いたらしく、ざわめきが起こった。 大公陛下が手を上げてざわめく側妃たちを静まらせた。 「皆さん、今日はよく来てくれましたね。この度のお茶会は大公陛下とわたくしの二人で考えて催そうと思いました。楽しんで行ってください」 栗毛色の緩やかにうねった柔らかそうな髪と赤茶色の瞳が印象的なレイシェル殿下は年齢を感じさせない可憐さと上品さを兼ね備えている。確か、五十は過ぎておられたはずだが。あまり、見えないとアンは思った。 隣に佇む大公陛下も背が高くがっちりとした体格ながら穏やかに微笑んだ顔は優しそうに見える。金に近い大公妃よりも明るい栗毛色の髪と青い瞳は皇太子殿下によく似ていた。こちらもあまり年齢を感じさせない。 アンは呆けながらも皇太子殿下の事を思い出した。そういえば、リナリア殿下から、皇太子殿下は自分を嫌っていないとは聞かされたが。 でも、妃に迎えるのは嫌がっていたと言っていた。だとしたら、皇太子殿下の真意はどこにあるのだろう。自分を今はどう思っているのか。尋ねてみたいと考えたのであった。 お茶会は夕刻には終わっていた。 アンは自室に戻り、侍女に薬草茶を入れてもらった。机には大きな皿があり、クッキーやマカロンが綺麗に盛り付けてある。それらには手を伸ばさず、薬草茶を口に運ぶ。 横にはシンシアやゾフィー、カトリーヌが控えていた。三人はアンが疲れているのをわかっているので話したりせずに静かにしている。薬草茶はほんのり甘い味でユーリカという名前の薬草の花の蕾を乾燥させて煎じたものだ。 ユーリカは黄色い花で見た目が地味だが根には咳止めの効果があり、花の蕾が鎮静効果という薬草としては満点といえる代物である。この薬草茶は意外にも母のフィオナから贈られてきた。アンは疲れたり気持ちが落ち着かない時にこれを飲んでいる。 フィオナは薬草の知識が豊富で公爵家夫人には似つかわしくないが薬草師としては天下一品である。彼女の調合した薬草のおかげで昔は体の弱かった長兄や他の兄弟たちも現在では病気知らずだ。 父のガレスも母の調合した薬草茶を毎日欠かさず飲んでいる。 それを思い出しながら、アンはほんのりと甘いユーリカのお茶を飲み下した。これを飲むと気持ちが落ち着くのだ。 「御方様。ユーリカのお茶は解熱剤にもなるのですってね。だから、母君様は送ってこられたのですか?」 カトリーヌが問うてきた。アンは頷きながらそうよと言った。 「…母様は昔からユーリカのお茶を好んでよく飲んでいたわ。母様はもともと、貴族の生まれではなかったから。周りから要らぬ誹りを受ける事もあったらしいわ。そういう時は決まってこのお茶を飲んでいたと聞いたわね」 「…まあ、そんな事が。母君様も大変でしたわね」 シンシアが眉を潜めながら答えた。アンも頷きながら、お茶をまた口にする。ゾフィーがポットを持って近づいてきた。 だが、アンはもう要らないと答えた。それを受けて、ゾフィーはポットを台車の上に乗せて部屋の隅に移動する。 「…シンシア、それにカトリーヌ、ゾフィー。もう私は寝るから。退がってくれて良いわ」 「わかりました。では、お菓子などは片付けておきますので。お休みなさいませ」 アンはもう一度頷いて立ち上がる。そして、奥の寝室に向かった。 三人はそれを見送りながら、片付けに取り掛かったのであった。
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