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夏の始まりと君とソーダバー
ブブ、と携帯電話がごく短い振動を告げた。
『あのさ』
振動と同じくらい、短い一言。
「?」
触れるだけで反応する液晶で、同じくらい短い一言を返せば、すぐに既読になる。
◇◇◇
『雨だって』
「いつ?」
『明々後日』
「1日……ああ、海を見に行く日?」
『楽しみにしてたのに』
「まあしょうがない」
『今度こそ晴れると思ったのに!』
「でも雨じゃん」
『そうなんだよ!』
「もう諦めたら?」
『君はすぐそう言う』
「分かってるなら明日でいいじゃん」
『見たいって言ったの君じゃんか』
「確かに」
『頑張ってテルテル坊主作ろうか』
「白い布あったかなぁ。よし、めちゃくちゃデカイの作ろう!」
『スイッチの入る箇所が相変わらず謎すぎるよ……』
「ガリガリのじゃなくて、ポテポテのやつがいいよね!」
『聞いてないし』
「まあまあ」
『だったら日暮里にでも行く?』
「ついでにかき氷食べに行こう!」
『遠くなかったっけ?』
「遠くないよ。千駄木だもん」
『ツイッターで日替わりお知らせしてるってさ』
「おおお! ねぇ! 明日は営業してるって! 何食べる?」
『食べたいのでいうなら……』
「桃食べたい、わたし!」
『えー、じゃあ……僕は……ううんと』
「宇治金時? あ、マンゴーとかどう?」
『洋梨……とか』
「無いね、明日のメニューには」
『ううむ………悩む…』
「ヨダレ出てるよ」
◇◇◇◇
その言葉に、バッ、と口元を拭ったキミに、ぷ、と吹き出す。
「出てないじゃん!」
「あははははは!っていうか、眼の前にいるのに何でアプリ経由の会話なの?」
「……ちょっと…いや…うん…」
モゴモゴ、と何かが詰まったかのように、濡れていない口元を吹きながら、彼が言いよどむ。
キミの言いたいことなんて、もうバレているんだよ。
そう伝えてあげてもいいけれど、そんなことを言ったら、彼は真っ赤な顔をしてしばらくの間、再起不能になるかもしれない。
せっかくのまったりとした時間だ。
いまはこのまま、もう少し、気がつかなかったふりをしておこう、と密かに心に決める。
「ねぇねぇ、アイス食べようか?」
「いいね。どうせなら怪談でもしながら食べよ!」
「いやだよ! 君の怪談は本気で怖いんだから!」
「大丈夫だよ、今回のは怖くないって」
「いつもそう言うよね?!」
ガタンッ、と大きめの音を立て怯えた様子で私を見る彼に、右唇の端が少しあがる。
「今回は、この世に蔓延るこわ~いこわ~い、『りあじゅう』の話です」
立ち上がり、テーブル越しに真っ直ぐに彼を見つめながら言えば、彼が一瞬、びくり、と肩をあげる。
その姿を確認し、くるり、と台所へ向かう私の背に、「ん?」と何やら違和感を覚えたような声が聞こえる。
「なにー?」
「いや、何でわざわざ棒読みで『りあじゅう』って、言ったのかなって思って」
「リアじゅう。リアはカタカナで、じゅうは獣だよ」
「ケモ…ってそれ、ケモノじゃなくて、充実の充でしょ?」
「さて、そんなリア獣ですが。あ、ソーダバーしかないや」
ガサガサと冷凍庫から取り出した2本の小さなソーダバー。
箱買いをした棒アイスも、いつの間にか数が減っている。
買い足さないとな、なんて思いながら、私を見ていた彼に「はい」とアイスを差し出せば、「あ、ありがと」と彼がきょとんとしながらアイスを受け取る。
「いや、じゃなくて、僕の話聞いて」
「うん?」
バリ、と袋を開け、薄い水色のアイスを取り出し、齧りつく。
ほんの少し、空と海に似たその色の、爽やかな甘みに、夏を感じる。
これから来るこの夏を、いつもと違う関係で過ごすのも悪くない。
私と同じように、アイスの袋を開けた彼を見ながら、ついさっき決めたばかりの決意を、180度ひっくり返すことに決めた。
「うん、決めた」
「え、何が?」
カリ、と齧ったアイスは、案外固く、口の中にひやりとした塊が転がる。
「ねえ、気づいてた?」
「うん?」
「さっきのやり取りさ」
「へ?」
「明日こそーー」
もう一口。
あー、とアイスを齧り、彼の隠していた言葉を暴いた私に、彼が慌てふためいて、アイスを落とす。
「落とすなよぉー」
「いや、そんなことより、キミ、なんで?!」
「なんででしょう? とりあえずアイス拾いなよ」
「え、あ、うん?!」
ふ、ふ、ふ。
顔を真っ赤にしてあたふたとテーブルに落としたソーダバーを拾う彼の姿を、小さく笑いながら見つめる。
「ちなみに、私の言葉も、ちゃんと読んでね」
「え、ちょ、待って?!」
少し弱気で可愛い彼と、少し強気な私の関係は、夏の始まりとともに、形をかえた。
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