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父の記憶
その日は、大翔が自宅に来る予定になっていて、私は母と一緒に大翔へ振舞う夕食の準備をしていた。私達は彼の来訪を本当に楽しみにしていた。
「いよいよ澪の結婚も迫って来たわね。どう? 幸せ一杯?」
母が私を柔らかな表情で見つめている。
「うん、とっても! こんなに幸せでいいのかなって思う。全部、お母さんのお陰だね」
私は満面の笑顔を母に向ける。
「そう? でも私とお父さんみたいにならない様に一生添い遂げなきゃね」
お父さんと言う言葉を聞いて、私の心が怒りに震えた。
「当たり前よ。でもお母さんは貧乏くじだったよね。あんな奴に捕まって……」
それは毎回、私が母に言う台詞だった。でも私は気付いていた。いつも母はこの言葉を聞いて、とても悲しい表情を浮かべる。私はそれを母が自分の運の無さを呪っているんだろうと単純に考えていた。
「ねえ、澪。本当に、福岡のお祖父さんとお祖母さん、結婚式に呼ばなくていいの?」
「えっ? お父さんのでしょう? だってもう赤の他人じゃない……」
その時、インターホンが鳴った。
母は溜息を吐くと少し首を振って、私に向かって言った。
「ほら、大翔さんよ。お迎えを……」
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