あなたを救いたい

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数時間経っても、俊はまだ人ごみの中で立ち尽くしていたが、前方から今までに見たことのないくらいに深く大きな闇を持つ人が近づいてくるのを感じ、ハッとした。 その闇の持ち主は、俊と同じくらいか、少し年上だろうか。ショートカットがよく似合う二十代半ばか後半くらいのキリっとした顔立ちの女性だった。 彼女は精神科医で、悩める人を救う仕事をしていたが、深く人に寄り添おうとする余り、自分でも気づかないうちに彼女自身の方が患者よりもずっと深い闇を抱えてしまっていた。 俊は彼女の職業までは分からなかったが、とにかく彼女が大きな闇を抱えているのはヒシヒシと感じていた。最後に親友と会った時に感じたものよりも、さらに大きな闇だ。 もちろん放っておけるわけはなく、俊は小走りに近い速度で彼女に近づいていく。しかし、驚くことに、どうやら彼女の方も俊の存在に気づき、俊の方を目がけて歩いてきているようだ。 俊はそのことを不思議に思いつつも、彼女に近づくと、いつもの言葉を口にする。 「あなたを救いたい」 俊が言った言葉をほぼ同じタイミングで彼女も口にし、俊は目を丸くした。 二人は一瞬戸惑ったが、すぐに相手も自分と同じ性質の人間だと悟る。 自分と同じように闇が見える人間に会ったのは、初めてだった。誰かを救いたくて、本当は誰よりも救われたい。二人は、一緒だった。 何も言葉をかわさなくても理解しあった二人は、微笑みあって、そのまま二人で一緒に人ごみの中に消えていった。 おしまい。
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