バンド&ベーコン(中学一年生、春)

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美鈴は生理ナプキンの販売ボックスに寄りかかって、点加が個室から出てくるのを待っていた。点加を見ると、嬉しそうに瞳を潤ませた。点加は素早く目をそらすと、入念に手を洗い始めた。すると美鈴が耳元の髪の襟足を指へ絡ませながら尋ねた。 「ねえ、小説、いつ読ませてくれるの?」 「まだダメだよ」飛び散る飛沫を見つめながら、点加は静かに答えた。 「早く読みたいな…」 「どんな話?」 「恋愛小説だよ」 「えーそうなんだ、それじゃあ、あれなのかな。たくさんやらしいシーンがあるの?」 「…ないよ」 「えーどうして?」 「どうしてって」点加は自分の瞳の奥を見つめた。「そういうものじゃないから」 「そっかあ」美鈴は意味もなくレバーをガチャガチャと上下させた。「なんか、なんて言うか、ちょっと残念」  その手つきの無意味ないやらしさに、点加はすっかり嫌気がさした。そしてとうとう苛立ちを抑えきれなくなって、こう言った。 「欲求不満なの?」  鏡ごしの美鈴は、その質問に嬉しそうに身をくねらせながら、「えーそうなのかな。」と言った。「えーわかんない。」美鈴は嬉しそうに、生理ナプキンのレバーをいじりながら言った。「点加も?」  点加はその時気がついたのだった。鏡ごしに目の合った美鈴の視線が、ミニブタを見つめている視線とそっくりなことに。 766af34e-db3e-4342-a308-38cbe5ec2a62 点加は戦慄に震えた。  点加は振り向いて、生身の美鈴を見据えた。美鈴は「ん?どうしたの?」と笑った。  点加は伸ばされた美鈴の手を、するりと避けた。 「あのね」点加は汚れたタイルを睨みつけた。なるべく一気に言い切ってしまおうと思った。「最近うちら、ちょっと、ベタベタしすぎじゃない?」  美鈴は寂しそうに目を光らせた。点加は胸が痛んだが、他にどうすれば良いのかわからなかった。  数秒の沈黙と、気まずい咳払いの後で、美鈴が顔を上げて、「ごめんね。」とか細い声で言った。「嫌だったよね。」  点加は胸の引き裂かれるような思いになった。言わなくちゃ良かった、という後悔に、押しつぶされそうだった。点加と美鈴は手も繋がず。一言も交わさないまま、静かに部屋へと戻った。美鈴はそれきり、点加と目を合わせようともしなかった。
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