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点加はロボットのような人工的な動きで、自分の場所まで歩いて行った。照りつけるスポットライトに目がくらんだ。顔が焼けそうに熱かった。薄眼を開けて、舞台の下を覗き見た。そこは深い暗闇に包まれた、ブラックホールのようだった。まばらな拍手の音や、「テンカあ!頑張れえ!」と叫ぶクラスメイトの声がひときわ大きく響いていた。
点加は震える指で、ギター用のミニアンプをケースから取り出した。自分が何をしているのか認識できなかった。ただ惰性で動く体に、全てを任せるだけだった。マイクスタンドに体をぶつけたり、足元をに散らばる蛇のようなコードへ足を引っ掛け、転びそうになったりしながら、なんとかミニアンプを巨大なアンプの上にちょこんと置いた。巨大なアンプはもちろん、メインの青山さんが使用するのだ。さあ、落ち着け。点加は自分に言い聞かせた。大丈夫、あとはアンプとギターをつなぐコードを取り出して、刺すだけだ。
その時、点加は自分がコードを持っていないことに気づいた。全身の血の気が引いていくのが感じられた。あたりをなんども見回したが、コードはどこにもなかった。アンプに繋がなければ、点加のギターは話し声よりも小さな音しか出すことはできない。つまり、存在しないのとおんなじだ。
セッティングを終えた青山さんが、険しい顔で「どうしたの?」と囁いた。しかし点加は答えることができなかった…コードがないという現実を、まだ受け入れられずにいた。
「何してんの?ねえ?コードは?」
「ない」
青山さんが、血走った瞳を見開いた。点加はこのまま青山さんの血管が切れるのではないかと心配になった。
「どこにあんの?」
「多分客席の椅子の上にある」
「とってきなよ!」
「でももう始まるし、いいよ」
「何言ってんの?ほら早く」
全く動く気配のない点加にしびれを切らし、青山さんは自ら舞台の下へ降りて行こうとした。点加は反射的に、青山さんの肩を掴んだ。あまりに強い力に、青山さんはバランスを崩しかけて、慌ててアンプへ捕まった。青山さんは悪魔でも見るような顔で振り向いた。点加は自分が恐ろしくなったー自分が今までにないほど、青山さんを憎んでいることに。自分のためにコードを取りに行こうとした彼女を。何一つ間違えない、清く正しい彼女のことを。
点加は悪い熱に浮かされたように呟いた。
「大丈夫だよ」
「は?何が」
「誰も気づかないから」
青山さんが何かを言いかけたその時、ダダン!という、地鳴りのような音がして、地面が震えた。トラブルに気づいていない春香が、勢いよくドラムを叩いた音だった。それは今までの練習では一度も聞いたことのないほど力強い音だった。
美鈴がドラムに合わせてベベンベンベンと調子よくベースを鳴らし始めた。光が体を揺らして「屠殺の女」の顔になる。
点加は青山さんに向かって、ああ!曲はもう始まってしまったのだ。という顔で頷いてみせた。青山さんは怒りの舌打ちをして、点加から目を背け、ギターを構えた。リズムをとりながら、華麗に弾き鳴らし始めた。光のしとやかで挑発的な歌声が、体育館に響き渡った。
あたしは屠殺されていく
来る日も来る日も死んでいく
あたし子豚になれるかしら?
おいしいベーコンになれるかしら?
そしたらあなたのお口の中で
美味しいポトフになれるかしら?
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