バンド&ベーコン(中学一年生、春)

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 次の日曜日、久しぶりに練習へ顔を出した。他にすることもなく、暇を持て余していたからである。皆、優しい笑顔で点加を受け入れた。差し出された新譜は「屠殺の女」と同じアーティストの「処女戦歌」という歌だった。それは「屠殺の女」よりももっと難しく、激情的でマニアックな歌だった。   「ここね。君のパートはここ」青山さんはそういって、点加のパートを指し示した。「ここに書かれてある以上は、なくちゃダメなものだから。」念を押す青山さんを、点加はぼんやりと見上げ、ニヤリと笑った。青山さんは気味わるそうに顔を背けた。  皆が通しで合わせるのを、点加はぼんやり聞いていた。みんなの息はピッタリ合って、演奏は以前よりも段違いに上手になっていた。流れてくる音楽は点加の意思とは裏腹に、点加の心を揺さぶった。それが何より腹立たしかった。  演奏の途中で、時折春香と美鈴が目配せをしあった。二人は目と目、そして音と音とで語り合っていた。点加はバンドの肝はベースとドラムがいかに息をぴったり合わせられるかにあるということを、最近知ったばかりであった。  光はもう誰かのミスを探したりすることもせず、のびのびと気持ちよさそうに歌っていた。青山さんが間違えて、一度演奏が止まった時も、スタジオが以前のような殺伐とした空気に包まれることはなかった。驚くことに、青山さんは笑ってさえいた…それはずっと点加が見たかった、心から楽しそうな笑顔だった。   帰り道、点加以外のメンバーは四人仲良く並んで点加の前を歩いて行った。中心には美鈴と春香。その脇を固めるように光と青山さん。美鈴が握りしめているのは春香の手だった。彼らは照りつける夏の始まりの太陽を身体中にいっぱい受けて、眩しく輝いて見えた。    しかしそうなったのは点加がわざと遅く歩いていたからであった。点加は彼らの影を踏みつけながら歩いた。それはささやかな抵抗だった。
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