ポルノ&マングース(中学二年生、秋)

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 とうとうみどりの番が来た。みどりはぶっきらぼうに、「無駄だと思います」と言った。 「どうしてそう思うの?」 「だって先生」みどりは嘲るように少し笑った。「そんな簡単にいじめがなくなるのなら、とっくになくなってません?」  みどりは同意を求めるようにクラスを見渡した。しかし誰も同調を示すものはいなかった。みどりは「え?違うの?」と一人焦ったように笑いながら、「違うみたいなんで、いいです。あたしの意見は無しで」と言った。 「うーん、先生は、そこを深く掘り下げて、考えて欲しいと思ってるんだけどな。じゃあ、次の人…」  点加はちらっとみどりを盗み見た。不機嫌そうなポーカーフェイスを装いながら、耳だけが異様に真っ赤に染まっている。点加はほくそ笑んで見せた。気づいたみどりが「見てんじゃねえよ」とこっそり悪態をついた。    みどりの後ろの生徒が発言し終え、いよいよ点加の番になった。点加は頭の中でぐるぐる回っていた考えをまとめようとし、身を固くして発言に備えた。    しかしあろうことか、担任は点加をすっ飛ばして、明日香を当てた。数人の生徒が点加が飛ばされたことに気づいて、野次馬的な視線を送ってきた。点加は真っ赤になってうつむいた。みどりが「バーカ」と声をかけてきたが、それが唯一の救いだった。    しかし担任の目にはもはや、明日香の姿しか映っていないようだった。 「山田さん。意見はないの?あるの?」だんまりを決め込む明日香に、担任は畳み掛けるように尋ねた。明日香はうつむいたまま、「わかりません」と答えた。その声が少しかすれ、震えているのを、すぐ前の席の点加だけが気がついた。 「え?」 「…」 「ごめん、先生聞こえなかったんだけど…」 「…うっせえな。ブス」  ボソッと呟かれた声に、点加は震え上がった。そしてまるで自分がそう発言したかのように、おびえながら担任の方を見やった。しかし担任の耳に、暴言は届いていないようだった。点加はホッとして、ため息をついた。  チャイムが鳴った。生徒たちがチラチラと時計を見やった。担任は「ダメよだめよ。まだみんな帰れません」と鼻の穴を広げて息巻いた。  帰り支度を終えた隣のクラスの生徒たちが、険悪なムードの教室内を、興味たっぷりに覗き込んでくる。見せしめにされたクラスの雰囲気は、どんどん重たく沈んでゆく。担任は全ての生徒に意見を言わせた後、黒板にリストアップされた全ての意見の中から特に実用的でありそうなものを自ら選び、それを黒板の横に張り出すことを宣言すると、最後に人間の名誉を傷つけることに関しての持論を長々と述べた。話の中には損害賠償や裁判という不穏な単語が何回か登場した。結局、その日のホームルームは四十五分押しで終わった。
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