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ある雨の日の放課後、点加が忘れ物を取りに教室に戻ると、誰もいない教室で、宮沢さんが泣いているところであった。
点加はさっと見ないふりを決め込んで、自分の机へと進んで行った。宮沢さんは気配に気づくと、先ほどより一段と激しく、嗚咽を始めた。宮沢さんの涙のせいで、部屋の湿度が上がったように感じられた。
点加の全身から、ねっとりとした汗が噴き出した。忘れ物の問題集を乱暴にカバンへ突っ込むと、マフラーに顔を埋め、気づかぬふりをして、出て行こうとした。すると、背後から突然呼び止められた。
「テンチン」
宮沢さんは前から、そういう馴れ馴れしい呼び方で点加を呼ぶのだった。点加はびくりと身を縮め、一瞬のうちに取り繕った、出来合いの笑顔で振り向いた。
「ん?何?」
「あ、ごめんね。呼び止めて」宮沢さんは盛大に鼻をすすりあげながら言った。「テンチンが心配になって。どう、元気でやってる?」
「え?ああ?うん。まあ別に普通。」
「そっか、よかった。安心したよ。」
「ありがとう」
「あはは。」宮沢さんは笑った。「テンチンは、やっぱりいいなあ。なんか安心するなあ、見てると」
点加は愛想笑いを返しながらも、内心は落ち着かず、いつでもその場から逃げ出せるような姿勢で、マフラーにグッと顔を埋めて、入り口の近くに立っていた。マフラーの中は、カビ臭い匂いがした。
「ねえ。最近は小説書いてないの?」
「え?ああ、うん…書いてないよ」
「えー残念だな。また読みたいなあ、テンカ先生の小説…」
点加が目を伏せ、あなたとはもう話したくないという意思表示のために黙りこくっていると、宮沢さんは勢いよく立ち上がった。点加は思わずびくりとした。
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