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宮沢さんは黒板の前で立ち止まり、チョークを一本手にとると、何か人間らしきものを隅へ描き始めた。それは目に星を輝かせた制服の少女が、キラキラ輝く涙をこぼしている絵であった。そのあまりに乙女チックな出来上がりに、点加は頭がフラフラとした。
「…それ、誰?」
「えーわかんないよ。ふふ。ただ描いてるだけ…」宮沢さんは少女のまつげを書き足しながら、うっとりした声で答えた。「じゃあこれは、テンチンてことにしようかな?」
「えっ」
「ふふ。うん、そうしよっ」
宮沢さんは黒板消しを手にとると、一度描いた少女のロングヘアを消して、その上におかっぱの頭を描き始めた。点加は心底やめてほしいと思った。
「ね、うち、そんなに可愛くないよ」
「えー私はかわいいと思うけどな」
点加は立っているのもやっとであった。そんなに目のでかい人間はいない。そんな風に目から輝く汁を出す女もいない。そんな風にバラを散らしながら微笑むような人間も…点加は宮沢さんがそれを描き上げたあと、どうしてもお礼やお世辞を言ったりできる気がしなかった。どうしても阻止せねばならないと思った。
点加はおぼつかない足取りで、黒板の方へ歩いて行った。足元に落ちていたチョークのかけらを掴むと、力任せに描きはじめた。チョークが折れ、弾き飛んでも、点加の手は止まらなかった。出来上がったのは、巨大で、醜い、豚にそっくりの担任の似顔絵だった。そこには主に、この前自分の番を飛ばされたことへの憎しみが込められてあった。
宮沢さんはその出来上がりに、手を叩いて大喜びした。
「誰かわかる?」
「わかるよ。ねえ、もっと描いて」
点加はすっかり嬉しくなった。マフラーを教卓の上に脱ぎ捨てると、続けざまに体育の先生と、歴史の先生の似顔絵を描いた。体育の先生は、常日頃から、舐めるように生徒を見つめる粘ついた視線が気持ち悪いと思っていたので、それを強調して描いた。歴史の先生は、カバに似ていたので、ほぼカバとして描いた。宮沢さんは笑い転げた。点加はすっかり調子に乗った。
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