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「でも、次は数学だから、集中してやれるよ」
「そっかあ。ねえねえ、できたところからでいいから、またベタ塗りさしてね」
のぞのぞはつまらない授業中の暇つぶしのため、点加の描いた漫画のコマの黒い部分を塗りつぶすと言う、いわゆる「ベタ塗り」作業をやりたがっているのであった。前回の「羅生門」の時には随分それで貢献をしてもらった。そのお礼として、点加はのぞのぞに、「羅生門」の表紙を描かせてあげた。するとのぞのぞは不気味な芥川龍之介の鉛筆画を描いて渡してきた。点加はその絵を一目見た途端、悲しくなった。せっかく描き上げた自信作を、この一枚によって台無しにされてしまうような気がしたのだった。
しかし大事なのは中身であって、表紙ではないと自分の心へ言い聞かせ、少し大げさな感謝とともに受け取った。
二人の関係は良好だった。少なくとも点加はそう信じていた。
「このクラス、静かで良いなあ」のぞのぞは周りを見回して、つぶやいた。
「そお?」点加はコマ割りの線を引きながら答えた。
「そうだよ。うちのクラスなんか、ひどいよ。来たらきっとびっくりするよ」
行かなくても想像がついた。のぞのぞのクラスにはギャルがたくさんいる。彼女たちは似た者同士で寄り集まって、気に入らない他人を大声で罵り、甘い香水の匂いを辺りに撒き散らしながら、ガチョウのような声で笑う。たちの悪い、猿のような連中だ。
点加はのぞのぞをちらりと見やった。長い腕と足を折り曲げて、狭いエア・ポケットのような空間にしゃがみこんでいる。点加は、一番下のクラスの人間であるのぞのぞにとって、ここも同じくらい居心地が悪いのに違いない、と思った。
点加はなんだか哀れになって、まだ未完成の漫画の1ページを、のぞのぞの鼻先に向かって、突きつけるように差し出した。
「えっ?これ、やっていいの?!」
「うん、この、バツ付いてるとこね」
「サンキュー!次の日本史、やることなかったからうれしー!」
勢いよく教室を飛び出していくその背中を、点加は満足げに見送った。うららかな春の日差しが、あくびを催させた。点加は自分がひどい寝不足であることを思い出した。
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