ハイエナ&フィロソフィスト(高校二年生、冬)

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ハイエナ&フィロソフィスト(高校二年生、冬)

 点加に異変が起きたのは、今からおよそ半年前であった。    ある曇りの午後の、国語の授業中であった。先生が教科書に書かれた随筆文を、前の席の生徒から順に、ひと段落ずつ読ませている時のことであった。点加は前の生徒が読みあげている間、ささやかな緊張を感じながら、自分の番を待っていた。    点加は不意に、特になんのきっかけもなく、「緊張しているのをみんなに悟られたくない」という思いに囚われた。「そんなことになったら、恥ずかしい」    続いて、一抹の不安が胸をよぎった。「自分は失敗するのでないか」。    その「失敗」というのが具体的に何を指すのか、点加自身にもわからなかった。それは具体的には指し示すことのできない、黒くぼやけた、魔物のような不安であった。    点加は徐々に、普段とは違うような、強烈な緊張を感じ始めた。心臓がバクンバクンと高鳴って、上から触れると、その激しい鼓動の震えが、指まで伝わってくるように思われた。吹き出した手汗で、教科書はじっとりと湿った。腸が痙攣し、意識が朦朧とし始めた。    そうしているうち、点加の番がやってきた。読み始めてすぐ、声が震えた。震えぬようにすればするほど震えはひどくなった。首へ巻きついた蛇が、ゆっくりと喉を締め付けていくように思われた。読まなければならない残りの文字が、点加を嘲笑うように揺らぎ、ぼやけ、霞んだ。    しかしそれは短い、たった3行ほどの段落であったから、震えがひどくなる前に読み終わった。後ろの生徒が読み始めるのを、点加は呆然としながら聞いていた。その声には、震えや恐怖は一切感じられなかった。点加は恐怖へおののいた。次は、もっと長い文章を読まされるかもしれない。そうしたら今度はもっと声が震えて、読み切ることができないかもしれない。    点加はその日以降、授業中にあてられることに対して、今までにない緊張と恐怖とを感じる様になった。授業中の一切が、もともとあまり頭に入ってこなかったのが、さらに入ってこない様になった。皆の前で発表しなければならない授業では、他の生徒へ任せきりにして、自分は影にじっと隠れているようになった。一つでも多くの視線から逃れたかった。    点加は自分が病気にかかったのだと思った。気まぐれな魔物に選ばれてしまった、運の悪い人間なのだと思った。
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