パペット&コミック(高校一年生、春) 

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パペット&コミック(高校一年生、春) 

 去年校長が変わってから、学校の教育方針がガラリと変わって、「国際的に活躍できる女性を」とかなんとかいうことになった。それにより、アメリカの女子校と姉妹校契約を結んだり、英語の授業が増えたりするようになった。クラスも英語の成績を基準に分けられることになった。英語の得意な点加は、一番上のクラスに振り分けられた。    点加はしかし勉強よりも漫画の執筆に夢中であった。それは現代文で習った夏目漱石の「こころ」を漫画化するという、誰に頼まれたわけでもない仕事であった。去年の終わりに、現代文の教科書に出てきた芥川龍之介の「羅生門」をほんの出来心で漫画にして周りに見せたところ、予想以上に好評価をもらったことが、執筆のきっかけであった。今回は前回の「羅生門」を上回るものを描き上げるつもりだった。それで授業中も寸暇を惜しんで、Kの自殺の物語を一人黙々と描き続けていた。    点加は執筆に疲れ、行き詰まるたび、「羅生門」を見せた時の先生の褒め言葉を、耳に気持ちよく思い出すのであった…「すごいわ、野口さん。今までこんなことをした生徒って、他に一人もいない!」…点加はその言葉を思い出し、気持ちを奮い立たせるのであった。    それはどんな教科書よりもわかりやすく、読みやすいものになるはずだった。点加はあわよくば出来上がったそれが、正式なテキストとして全教室へ配布されることを期待していた。それが後輩へと受け継がれ、後世まで残ることを夢想した。 「ねえねえ、点ちん、漫画、いつできる?」   突然呼びかけられて、我に返った。壁と点加の席との間に、一人の生徒がしゃがみこむようにして座り、こちらをじっと見上げていた。  彼女は水野のぞみといって、中学三年の時からの友人だ。点加は彼女を「のぞのぞ」と呼んで、普段から懇意にしている。ひょろりとして背が高く、顔は馬面で、いつも頭の高いところで一つ結びをしている。さっぱりしているように見えて、実は意固地な性格をしている。のぞのぞは廊下を挟んだ隣のクラスから、こうして時々点加のクラスまで一人で遊びにやってくる。 「ごめん、まだ全然進んでない」 「えー、めっちゃ待ってるのに〜」  点加は一瞬、「うるさいなあ」と思う。しかしそんな感情は一ミリも出さずに心の中に飲み込んで、なるべく静かに、穏やかに答える。
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