第1章 新十二使徒

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第1章 新十二使徒

第1話 ペトロとダグラス 青い髪をした、赤と青の瞳の少女が、少年の前に立っている。 その少女は彼を一心不乱に見つめている。 彼女は不思議なくらい整った顔立ちをしていて、まさに美少女、といったところか。 その不可思議な光景はどうにも信じ難い。 「申し訳ない、流石にさっきの発言が突飛すぎて空耳が聞こえてしまったらしいんだ…今、君は僕に何と言ったんだ?」 少年は問う。 -どうにも最近、疲れのせいか妙な幻聴が聞こえて困る。よりにもよって、どうしようも出来ないほど突飛すぎる幻聴なのだから厄介なことこの上ない- 少年は心の奥底で呟いた。 何度も何度も、迷える子羊はその言葉を反芻した。 だが、青い髪の赤と青の瞳の少女は不思議そうな顔をして、さぞも当然のように、先ほどの彼の幻聴と全く同じ言葉を繰り返した。 「だーかーらー、ダグラスはこの世に遣わされた7番目の預言者で、メシア(救世主)なんですよー?」 彼女はにっこりと微笑んだ。 e1f0be8a-783c-4716-bbe8-36576beb9d33 預言者。それはすなわち主なる神の声を聞き、そしてその言葉を民に伝える代弁者。 有名な預言者としては、アダム、ノア、モーセ、エイブラハム、ダビデ、イエス・キリスト、ムハンマドが挙げられる。 「うーむ、しかしながらやはり信じにくい話ではあるよ」 「そうは言われても私だって嫌でダグラスを預言者にした訳じゃーないんですよー?」 「ま、それは道理だがな…。 だが…妙だな。君はとても主なる神を信仰してるようには見えないんだ…さしずめ…むしろ無神論者のようにも見える」 「おや、それで正解ですよー?私は無神論者ですよー?」 「だと思ったよ、人は見た目で判断するなって世間は言うが、そうは言われても見た目があまりにもその人を語りすぎている場合、これは土台無理な話だよ」 「ダグラス、随分と話が逸れますねー?」 「おっと失礼。そうだな…それならば余計に謎が深まったな…。何故無神論者の君がいきなり僕を預言者扱いってのはどうかと思うぞ?」 「話せば長くなりますよー?それでもいいんですかー?」 「…なるほど…それは面倒くさそうだな…」 「それはさておき、ダグラスは今、ここから逃げ出さけばならないんですよー。 そうしないといずれかの内に君は殺されるんですよー?」 少女は何気なく物騒な事を告げた。 だが、先程の逃避行を経験した少年からするならその言葉は今彼に狙いを定めたエンフィールド銃のように冷たく、彼に選択を迫っていた。 「あぁ、それに関しては僕も同意しよう。確かにこの状況では僕は殺されてもおかしくは無い」 「とりあえずまずは奴らを撒くか殺すか説得するかなんとかしないといけませんねー」 撒く…のが1番簡単だな。手っ取り早い。だが次も奴らから逃げ切れる自信はない。 説得?…これも難しいだろう。 奴らの動きから考えて、話を聞いてくれるような気配はさらさら感じない。 少年は思考を巡らせた。 詰まるところ彼の結論は、 「…殺すしかないのかなぁ」 最も単純で、最も有効で、問題を根本から解決する策。 だが、非常にリスクを伴う賭事。 「うーん、やっぱりそれしかないみたいですかねー? 私も考えてみたんですけどそもそも奴らの意図がわからない上に、こちらとしては何もしてませんから、正当防衛と考えることも可能かなーと思うんですよねー?」 「よし、ならば話は早い。ただ問題は、奴らは人間か否か、という点だな。」 「うーん?人間かもしれませんし、人知を超えた存在かもしれませんねー? ただ、この世に存在する以上、生命があるのは当たり前だと思うんですよー?」 「…ほう?そりゃまたどうして?」 「…そりゃあダグラス…」 少女は、少しばかりの間を開けて、 「神は生きとし生けるもの全てをお作りになった…というじゃあないですかー?」 と、皮肉めいた声色を発しながら、軽く鼻で笑った。 「さぁーてどうしたものですかねー」 少女は呟いた。そうして目を開き、ゆっくりと少年に向かってこう問うた。 「ダグラスはどうするのですかー?」 ダグラスと呼ばれた少年はこう答える。 「神の仰せのままに。 神の加護無き哀れなる連中に 死の制裁を。」 青い髪の少女はぴょんと高く飛び上がり、赤と青の瞳を爛々と輝かせて、ただ一言、 「その言葉を待ってましたよー。 んじゃ、仕事始めですかねー?」 くるっと振り向いた少女はそのまま少年を引っ掴んでレンガ造りのアパートから物凄いスピードで飛び降りる。 シュタッ。 宜しくない。敵さんのど真ん前に堂々と降り立つとは。 まさに四面楚歌。 だがこの少女、やはり只者でない。 「はーじめましてーみなさん?私はペトロ。 預言者ダグラスの新しき十二使徒の一番弟子ですよー?」 すると敵にどよめきが広がる。 「なんという罰当たりな!」 「聖ペテロをあのような異端が名乗るなど言語道断!」 そしてそのどよめきはやがて罵倒へと変わる。 やがて敵のひとりが、 「異端め、よくも貴様如きが神聖なる聖ペトロの名をを名乗りおってからに、なぶり殺してくれるわ!」 そう言って彼は突っ込んできた。 彼は恐ろしい速度で少年らに近づき、 「エ"ーィ"メ"ェ"ン!」 と叫び、胸の前で十字を切る。 そして、少女に飛び掛り、剣を突き立てる。 刹那。 ザクッ。 彼の首が吹っ飛ぶ。 ばたりと音を立てる前に敵が倒れる。 敵の連中が怯む。 「おっといけませんねー?久々にこの能力を使うと加減が分かりにくいですねー?本当は首じゃなくて耳だったんですけどねー?」 「こ…この化け物!サタンに身を売った呪われた十二使徒!」 「滅びよサタン!」 「滅びよ資本主義の犬!」 敵は口々に罵倒する。 「呪われたなんて失礼な。私たちはただのプロテスタントの十二使徒ですよー?」 「プロテスタント!? 嗚呼、聴くだにおぞましい!忌々しい!汚らわしい!金に身を売った貴様らのような連中に神の御加護など、ある訳が無い!」 敵の1人はヒステリックになって喚き散らし、少女を罵倒する。 「えー?あなた方、クリスチャンのくせして聖書も読んだこと無いんですかー? イエス様は言われましたよー?」 そう言うとペトロと呼ばれた少女はヘラヘラと笑って 「"主なる神は善人にも悪人にも皆平等に太陽を昇らせられる"、と」 そう言った途端、敵の意識はプツリと切れて、あたりは真っ赤に染まった。 後に残ったのは、彼等の持つ十字架だけだったが、それも少女に踏み潰された。 「神の御加護無き信徒など信徒にあらず。彼等の持つ十字架に存在して良い資格無し。 彼らの存在の記憶すら必要無し。 滅びろ、過激なクリスチャン、 そして…」 そう言って間を置くと、少女はゆっくりと小声で呟く。 「呪われたイエズス会よ…」
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