夏の花火

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夏の花火

静かな波の音だけが聞こえる。暗闇に包まれた海岸で、二人の男女が花火をしていた。  二人の顔を照らすのは、花火の光だけ。  水が入ったバケツの中には、一緒に楽しんだ花火が入っている。  「これで最後だよね」  花火を眺め、千尋(ちひろ)は寂しげに囁く。  「あっという間だな、花火も、オレ等の夏休みも」  (とおる)は表情を変えずに言った。  数日後には長かった夏休みも終わり、二学期が始まる。  楽しい思い出を作りたいと思い、千尋は彼氏である徹と花火をしているのだ。   夏休みが終われば、再び忙しい日常を繰り返すことになる。  学校に行き、授業を受け、放課後には部活に参加する……そんな日々が。  「夏休みは楽しかった? 」  「まあな、友達と毎日遊んだからそれなりに楽しめたよ、夏休みがもっと長ければ良いんだけどな」  千尋は声を出して笑った。  「あたしだって休みがずっと続いて欲しいなと思う、時間は自由だし、学校だって行かないで済むんだもの  友達とだって遊び放題だし、本当に天国だよ」  「ははっ、ちがいねーや」  徹も千尋に釣られて微笑む。  千尋も夏休みを大いに楽しんだ。もっと休みを謳歌(おうか)したいとさえ思った。  特に徹と一緒に行った旅行はとても楽しかった。二人の手には旅行先に買ったお揃いのブレスレッドを身につけている。  二人が話し込んでいる間に、花火はゆっくりと光を失っていった。  その光景を見て、千尋の心は寂しさで募る。  「終わっちゃったね」  千尋は残念そうに言った。徹は花火をバケツの中に入れた。  「夏休みは終わってねーよ、悲しい声を出すなよ」  徹は表情を歪めた。   彼の言うとおりだ。日数は少なくはなったけれど夏休みは終わっていない。  千尋だけではない、徹も夏休みが終わるのが寂しいのである。  「分かってるよ」  千尋と徹は帰路につくため海岸を歩き始めた。しばらくすると徹が口を開く。  「ところで宿題は済んだのか? お前忘れっぽいからな」  徹の質問に、千尋は口元を自信有り気に緩める。   「大丈夫よ、全部やっといたから、そういうあんたこそちゃんとやったの?」  「分からない所が一問……いや二問あったかな、それ以外は全部終わってる」  千尋は溜息をつく。  夏休みが終わる事は悲しいが、徹が宿題をやっていない方が不安だった。   「明日は徹の家に行って宿題大会ね、夏休みが終わる前にちゃんとしておかなきゃ」  徹に悔いを残させないためにも、千尋は提案した。  徹は勉強が苦手で、問題の大半は間違えている事が多い。  千尋はそれが心配だった。  「何だよ、たがだが問題の一つや二つでムキになんなよ」  「いいじゃないの、これも思い出になりそうだから」  徹は苦笑いを浮かべる。  「お前なぁ……」  「明日は大丈夫よね? 都合が悪かったら変えるけど」  「暇だよ、その辺は心配ない」  「じゃあ、決まりね」   千尋は朗らかに言った。  あと少ししかないけれど、千尋にとって夏休みは最後まで楽しめるものになりそうだ。
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