だから君はもう僕のもの

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「早瀬さん、アーティがこれに着替えてくださいって」  ひと段落ついてバックヤードで休憩していたら、一年生が布地を畳んだものを俺に出してきた。 「え、これ?」  受け取ったのは浴衣だった。 「俺、浴衣着ないよな?」  もうしばらくしたら広い中庭を使って盆踊りが開かれる。今日のメインイベントと言ってもいい。きちんと櫓を組んで大太鼓も用意されて、かなり本格的だ。  浴衣は盆踊り担当の二十人ほどが着る予定になっていて、朝から何人もの学生が浴衣姿で学内を歩く姿を見掛けていた。 「ええ。でも舞台発表が予定より遅れてて、田中さんが間に合いそうにないんです」  田中は舞台発表の進行スタッフだが、時間が押して持ち場を離れられないらしい。 「マジか。田中の代役やれって?」 「はい。アーティが早瀬さんならできるからって」 「わかった。ちょっと出てくる」  若干おどおどと見上げる彼から浴衣を受け取り、実行委員の控室に向かった。この時間なら実行委員長のアーティはここに詰めているはずだ。  扉をノックすると「どうぞ」と日本語で返事があった。  部屋に入るとアーティは優しげな顔にふわっと笑顔を浮かべた。小柄だけれど伸びやかな体に大きな目がキュートな彼は、とても俺好みでかわいい。 「あ、受け取った?」 「ああ。でも俺が田中の代役は無理があるんじゃない?」  田中は大阪出身の笑いの精神が体にしみこんだ学生で、何をしゃべらせても笑いが取れる。言葉が通じなくてもまったく気にせず、大阪弁でまくしたててもちゃんと通じるのだから、あれはもう才能だと思う。 「そう? でも他に適任者がいなくて」 「よく言う。もうみんな踊れるようになっただろ?」  盆踊り担当の学生はこの一週間、田中と一緒に炭坑節や東京音頭を練習していた。基本的に同じ動作の繰り返しだから大して難しいもんじゃない。 「そうじゃなくて、見栄えのいい日本人が本場の盆踊りを教えてくれるって言うのがいいんでしょ?」  俺の言葉をスルーしたアーティはにっこり笑った。かわいいな、抱きしめたらダメかなと思いながら、クールなふうを装って肩をすくめた。
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