だから君はもう僕のもの

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「えー、何でや?」 「田中の厚かましさと強引さを分けて欲しいってこと」  からかうように言ったが田中は豪快に笑い、「そうやろ、早瀬はイケメンの割に小心なとこあるもんなー」とあっさり言ってのけた。  やっぱ小心者って思われてるのか。でも田中にはそう言われても怒る気はしなかった。 「あ、彼、知ってる? 背の高い方」  すでに別の場所に移動していたさっきの男を指して訊ねたら、田中は二人の背中を見て「ああ」とうなずいた。 「名前忘れてしもたけど、この前、帰国講演会した奴やろ?」 「…ああ、そっか」  どこかで見た顔だと思ったが、講演会を聞いたんだった。  先々週の研修留学の帰国講演会では髪を上げてかっちりしたスーツ姿だったから、浴衣姿の今とかなり印象が違っていた。  彼はこの国の現状と発展についての考察を述べ、法律の整備と民衆の政治参加の重要性を説いていた。どこか皮肉っぽい笑みを時々浮かべて、質疑応答に応えていた。  あの時はもっと大人っぽいノーブルな雰囲気だったが、浴衣姿のせいか今はそうでもない。 「あれこそイケメンって感じやな。んー、イケメンなんて軽い感じとはちゃうかな。なんて言えばいいんやろな、ああいう男前は」 「男前って言い方いいね。イケメンより硬派な感じ」  田中の言いたいことは分かる。顔立ちの良さはもちろんだが、身にまとう雰囲気が違う。庶民の俺とは関係ない世界の男。  大学の文化祭でもなければ、こんな屋台になんて来ないに違いない。  カキ氷を食べ終わり、田中は手を上げて離れていき、俺はまたぶらぶら回り始めた。盆踊りの歌がまだ聞こえている。この国の人たちに盆踊りの歌はどんなふうに聞こえてるんだろう。  バルコニーの側の柱に立っている彼を見つけたのはその時だった。小柄な彼はいなくなって、一人で難しげな顔をして立っている。なんだか様子がおかしい。俺はすたすたと彼に歩み寄り、そっと声をかけた。 「こっちに来て」  無表情にもぞもぞしていた男の腕をかるく引いた。 「え、いや……」 「結んであげるよ。解(ほど)けたんだろ?」 「……ああ、ありがとう」  お礼の言葉は日本語だった。  帯を押さえて、すぐ横のバルコニーに連れ出した。
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