だから君はもう僕のもの

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 側に立つと俺より背が高い。180近くあるならこの国ではかなり長身だ。  ノーブルな佇まいに貴族階級かもしれないと思う。政治的には民主主義だが、王族が今でも尊敬を集めているこの国では貴族がまだ特権階級として存在する。 「ありがとう。結び方がわからなくて」 「いいですよ。日本語学科じゃないですよね?」 「ああ。法学部だけど、趣味で日本語を勉強していて」  日本のマンガやアニメやアイドルが人気なので、そういう人も多い。彼はそんな俗っぽいものを手にする雰囲気ではないけれど。  文学作品とか読んでいそうな感じだ。夏目漱石や村上龍はこの国でも人気がある。 「そうなんですか。日本語が上手ですね」 「いえ、まだまだです」  帯を回すために密着すると爽やかな香りが届く。彼はじっと立っていて、真っ直ぐに目線を合せてくるから照れてしまう。日本人には気恥ずかしいほどの強い視線で見つめられながら手早く帯を結んでいく。 「早瀬さんですよね」  上から声が落ちてきた。 「俺を知ってるの?」 「早瀬さん、有名だから」 「有名?」 「ええ。うちの大学の日本人留学生の中で、一番優秀だと」 「一番は言いすぎ」  そんなに優秀じゃないことは自分でわかっている。顔を上げると彼はすこし微笑んで、言い直した。 「じゃあ一番、きれいでカッコいい…、なんだっけ、イケメン?」  イントネーションがおかしくて、つい吹きだしてしまったが、相手は真面目な顔をしているからすぐに謝った。 「悪い。イにアクセントじゃなくて、平坦に言うんだ。イケメン」 「イケメン?」 「そうそう、イケメン」 「それです、早瀬さん」  うわ、イケメンの笑顔、半端ねえ。あー、男前だったっけ。  俺があたふたしてる間に、彼はバルコニーの下を見た。下は中庭だ。そこに櫓があって輪になった人々が賑やかに踊っている。 「盆踊り、見てましたよ」 「え、なんか恥ずかしいな」 「一生懸命で可愛かった」  どう返事をすればいいんだか。意外と話好きなんだろうか。そんな友好的なタイプには見えなかったのでちょっと驚く。  
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