だから君はもう僕のもの

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 俺は裾を整えて出来を確かめた。 「どうかな? きつくない?」「いや、ちょうどいい。浴衣って意外と暑いね」  もっと涼しいものだと思っていたと言う。 「ハーフパンツに慣れてるとそうかも」 「でもカッコいい衣装だ」 「ああ、とても似合ってる」  本当に似合っていたからそう言ったが、彼は真顔で「いえ、早瀬さんが」と返した。  「そう? 久しぶりに着るからなんか照れるな」  あまりにも真っ直ぐに見つめてくるから、この国ではそれが普通だと知っていてもうろたえる。   そっと目線をそらした俺の顎に手を添えて、彼はいきなり口づけてきた。 「ん…っ、ちょっと」  軽く触れただけで離れたが、彼は平然と言う。 「帯のお礼」 「へえ」  どうやら俺は誘われているらしい。  顔もスタイルもカッコいいが、残念ながら彼は俺の好みからは外れている。俺は小柄でかわいいタイプが好きなのだ。  でもこの国で自分より大きな男に誘われたのは初めてだから驚いた。 「いまいちだった?」 「いや、驚いただけ。君みたいな素敵な人にキスされて嫌な気にはならないよ」  好みではないけど嫌悪感はなく、むしろこんなタイプが俺に声を掛けて来るのかと新鮮だった。  男はにっこりと輝くような笑みを浮かべ、その表情で俺ははっと男の名前を思い出した。 「パチャラ」  名前を呟いた俺に彼は器用に片眉をあげた。 「僕を覚えてた?」 「今思い出した」  田中と話したときには忘れていたが、まぎれもない貴族で特権階級の男だ。パチャラという名はダイヤモンドの意味だ。  その名前の通り、多くの人の中にいても輝いて人目を惹きつける。講演会の時、後ろの席の学生がそんな噂話をしていたのだ。  庶民の俺とは世界が違うはずだが今さら丁寧語を使うのもわざとらしいと判断して、俺はそのままの言葉遣いで言う。 「この前の講演会、聞いたよ」  彼は微かに眉を寄せる。まるでそんな返事が聞きたかったわけじゃないと言いたげだ。こんな印象的な男を忘れていたのが失礼だったんだろうか。
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