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文を見つめながら真剣に悩んでいる蜜に近付く。俺との文のやり取りに真剣に考えてくれていると錯覚してしまいそうになる。
こういう姿が
〃愛おしい〃
というのだろうか。用紙を見ている蜜の肩にトンと手を置いた。…蜜が驚いた様に振り向く。優しく微笑み掛けると
『澤名様…』
『蜜も用紙が無くなったのか』
『あ、はい』
『毎日返事をくれるから嬉しいよ』
穏やかな本音が出る。蜜の頬がほんのりと赤くなるものだから…俺にもそれが移った。会うのはとても久しいが、先程までの憶測は一気に無くなる。やはり文のやり取りを通じる事で蜜は以前よりも俺に心を開いている様に感じた。胸がじんわりと熱くなる。
蜜が俺に微笑みながら
『私も嬉しく…思っています』
と繕ってない素直な言葉を囁いた。
折角再会を果たしたのだ。これで帰りたくはない。またいつ会えるかわからない…
『蜜、今から少し時間を貰えないか』
蜜が少し戸惑いの表情を浮かべるが
『はい…』
と小さく頷いた。互いに文を購入した後、並んで道中を歩く。蜜に歩幅を合わせて歩くと…手が、指先がくっつきそうになるけど…。何となく蜜の手に触れられなくて。そんな自分に焦れったくなった。
先程目に止まった西洋の料理屋に入る。海外の風景の油絵がすぐ側に掛かっていて窓の近くの席に蜜と座った。いつか蜜と来ようと思った事がすぐに実現できるなんて嬉しい…。店の者に最近流行りのオレンジジュースを二つ頼んだ。それから蜜に向き直り、
『いつか蜜と来たいと思っていた』
と明かした。
『私と…ですか?』
戸惑いの表情で見つめてくる蜜。蜜が可愛いくて溜まらないのに…何故か弄りたい気持ちに駆られてしまう。
『何故だと思う?』
からかう様な指先で蜜の唇を指先で触れた。
『それは蜜だから』
精一杯の告白だったが、蜜が苦笑し
『もう…益々わかりません』
と呟きながら笑う。穏やかな時だった。
いつかちゃんと話そう。俺の気持ちを話そう。店の者が注文したオレンジジュースを、運んできた。甘酸っぱいジュースの味に…二人の空気までも甘酸っぱい物になった様な気がする。ジュースを飲み干した後、再び問屋街を二人で歩き…少しばかりの沈黙も穏やかに流れていく。
『また文を書く』
と告げて、蜜を男壇牡丹まで送り、俺は仕事に戻った。
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