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蜜を送り届け…
本当はもう少し一緒に過ごしたかったが仕方がない。少しばかりの残念な気持ちと再会できたという嬉しい気持ちが交じる。恋というのは悩みは尽きぬが、ほんの数秒会うだけで、見かけるだけで…こんなにも解き解されるなんて。患っていたのが嘘の様に特効薬が効いていく感じだ。そしてまたきっと患うのだろう。その時はまた蜜に特効薬を貰おう…俺も蜜の特効薬になりたい。
恋い焦がれる心を抑え局社に戻った。
再び算盤を片手に記録の作業が続くが…いつも以上に仕事が捗る。速く終われば蜜に会える時間ができるかもしれない。
一先ず蜜の事は頭の片隅に宿し、仕事に専念した。最近は専ら海外酒の関税や革の関税…。とにかく山積みだったが。
『澤名君』
俺の仕事を見つめながら局次長の斎川満が近寄ってきた。局社では俺と父親の澤名勘次郎が親子である事は明かしていない。色々と面倒な毎になりそうだから。
『速いな…数時間で五百程終わっている』
『おそれいります』
『後、もう二百程頼めるか』
もう二百…
正直気持ちがげんなりしたが。
『承知致したました』
二百の書類を受け取り、処理し始める。
終わったら
終わったら少しだけ
一目で良いから蜜に会いたい。
その想いを閉じ込め…指先を走らせた。俺の様子を見ていた同僚で隣の席でもある福永千嘉子が話し掛けてくる。
『次長ったら…すぐに追加頼むのよね』
俺は千嘉子の顔を見ずに
『そういうものでしょう。仕事ですから』
豊子がクスッと微笑み
『そういう冷めた所も好きよ』
ああもう。職場で色目なんてやめろよ
俺は軽く千嘉子の囁きを流しながら仕事に打ち込んだ。福永千嘉子は…俺の一つ年上で。局社で一番の美方だと云われ、男達を翻弄していた。俺は千嘉子が苦手で。入社した時から手取り足取り教えてくれるのはいいが、誘いや待ち伏せも少なくない。
慕い人が出来たなんて知ったらまた詮索されて、面倒な事になりそうだから…無視するのが一番だ。俺は千嘉子の視線を流して黙々と仕事をこなし、少し遅くなったが二十の時には終える事ができた。まだ終わらない千嘉子が何かを云いたげだったが。目を合わさずに支度をして局社を後にする。
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