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翌日。
窓から差し込む朝日で目が覚めた。布団の上で蜜に文を綴りながら…いつの間にか眠ってしまったようだ。蜜への文を鞄に入れ、寝衣から仕事衣に着替える。藍染の薄手の着物に身を通し、流行りの外套を羽織った。
丁度その時に自室の戸を叩く音がして
『仟之助さん、ちょっといいですか』
珍しく母が入ってきた。
自室に来るなんて珍しい…母と会うのも久しかった。俺は驚きながらも母に向き直り
『おはようございます』
と会釈する。
『おはよう、今日は良い話を持ってきたの』
そう云いながら、俺に薄い大きめな書の様な物を差し出してくる。受け取るままにそれを開いて絶句した。そこには一枚の写真が挟まっており…色こそ見えないが自信に満ち溢れた女子が写っていた。
『貴方ももう良い年齢でしょう。松茂三千雄様の御子女の千代子様。出世も間違いないわ…彼方側も皆様、仟之助なら是非にと云ってくださってるの』
母は上機嫌に続けるが
『今度の貴方の休みに』
『すみませんが』
俺は母を真剣に見つめ…
『私は縁談をするつもりはありません』
と告げた。母が驚いた様に俺を見据え
『何を云ってるの。こんなに良い話はないです。会うだけ会いなさい』
そう云いながら母は自室を後にする。
俺はため息を漏らした。いつか…縁談の話が来るだろうと思っていたが。兄や姉も最後まで縁談に抵抗し、結局は親同士が決めた相手と無理矢理に結婚した。…俺は絶対にそれだけは嫌だ。
〃名を捨てる覚悟〃
貞成が云っていた言葉が頭を過る。
俺は支度を済ませ、執事から朝食のおむすびを受け取り…自宅を出た。
何故親は勝手に決めるのだろう。
勝手な事をして満足して。
昔からそうだ…
苛立つ胸を抑えながら、局社に向かう道中でおむすびを頬張る。とにかく絶対に縁談はしない…そう心に誓った。
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