昼想夜夢(仟之助)

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『おい…仟之助こんな所で迫るなよ』 貞成が苦笑し俺を見たが、清は苦笑ではなく複雑な表情だった。やはり蜜に、下請け以上の感情があるのだろう…。 『ほら蜜、名を呼ばないと始めるぞ』 『…っ』 苛立ちが増し…容赦なく蜜の胸をまさぐった。蜜が吐息を漏らす所を攻め、首筋に口付ける。蜜が溜まらない様子で俺に向き直り 『…っ…せ、仟之助…様』 と消え入りそうな声で囁いた。羞恥心の余りか…蜜は手の甲で顔を隠して俯く。名を呼ばれた瞬間苛立ちが少しばかり半減すると同時に…愛おしくて溜まらなくなる。 『ああ…可愛い』 と囁きながら蜜のうなじに顔を埋めた。 もっと触れたいし、抱きたい。 蜜の全てが欲しくなる。 『あの、も…離して下さい』 蜜は言いながら俺の腕からすり抜けて、膝から降りた。少し…強引だっただろうか。でも。清に対するあの視線に…焼けるように胸が痛む。もっと俺を見て欲しい。蜜が椅子に座ると同時に店の者が戸を開け… 『お待たせ致しました。牛鍋にございます』 店の者がにこやかに声を掛けながら台の中央に、背丈の低い火鉢と鍋を運んできた。鍋の中には豆腐や長葱、牛の赤身がグツグツと煮えて蒸気が上がっている。甘辛い様な食欲を(くすぐ)る香りが漂う。 『頂こうか』 貞成の一声と共に、清が器に取り分けてくれて皆に手渡してくれた。蜜は…もうずっと俯いたままで。片想いとはこんなにも、苦しい物なのか。俺は蜜の髪にそっと触れ 『蜜、全然食べてないじゃないか』 蜜の器を取り、牛や豆腐、野菜を入れた。 『旨いから、食べろよ』 …優しく微笑んだが。 蜜は複雑な顔のまま牛を口に運ぶ。 『美味しい』 と、蜜の表情が一気に明るくなるのを見て 俺は安堵を漏らした。 『沢山食べて太れよ』 再び器に肉を追加した。 『…ありがとう、ございます』 しかし… やはり蜜の気になる視線は清。 『そんなに気になるか』 俺は静に蜜を見つめた。 『気になるか』 『いえ…何も』 『…そうか』 俺は瞳を伏せ、ズキズキと痛む胸を抑えて再び蜜の器に肉を追加し…黙々と牛鍋を食べた。…どうしたら蜜の心を手に入れる事ができるだろう…。
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