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皆、お腹も満たされ…牛鍋はあっという間に完食した。店の者が頃合いを見て鍋や皿を片付けてくれ、温かいお茶を運んできてくれた。温かいお茶に穏やかな空気に包まれながら、俺は蜜に向き直り
『先程は向なって悪かった』
『え…』
『名だ。俺の名を呼ばせた』
…俺は蜜に詫びた。
蜜には嫌われたくないから…
すると蜜はクスッと吹き出し
『意外と気にするんですね』
クスクスと笑い始める。なんだか小恥ずかしくなり…自分でもわかるぐらいに顔が熱くなった。
『笑うな』
蜜の頬に触れ
『蜜には嫌われたくないから』
蜜の視線を熱っぽく絡め取る。
『お前だから嫌われたくない』
『あの…どうして私だからなのですか』
俺は蜜の額を人差し指で突つき
『少しは自分で考えろ』
クスッと苦笑を漏らす。
勘定場で四人分の代金を払い、俺達は仕事に戻るため…火鍋屋前の道中で蜜や清と別れる。別れる寸前に俺は蜜の元に歩み寄り…文を蜜の細い手に握らせた。
『今日投函しようと思っていたが、会えたから直接渡す』
そう優しく微笑んだ。
『ありがとう…ございます』
蜜がほんのりと赤くなりながら、清と共に道中に去っていく。俺と貞成も向き直り…道中を歩き始めた。
『俺達も戻るか』
『ああ。…それはそうとお前』
貞成が苦笑しつつ
『かなり蜜に向になっていただろう』
『…ああ、まあ、ちょっと…な』
『仟之助が気になる気持ちもわかるが…』
俺は驚いて貞成を見つめた。
…わかるって
『下請けの蜜が清にお慕いしているという事だろう』
俺は思わず苦笑を漏らす
『やはりわかっていたか』
『当たり前だろう』
『…お前は何とも思わないのか』
貞成が俺を見据え…
『何とも思わないと云えば嘘になる…だが、男娼の仕事を教えるのも清の仕事だからな。蜜が情を覚えるのも無理はない。だから、俺はその倍以上に清に愛を告げ繋ぎ止める』
『……』
そうか…これも仕事の一貫なのだ。
〃男娼を好きになる覚悟〃
段々…どういう事か実感してきた。
『嫌なら…花形になる事に協力し、二十歳の年に多額の金額を払って引き取るのだ。俺は一年後にそうするつもりだ』
俺は歩きながら貞成の真剣な瞳を見つめた。好きならば慕うならば…相手を理解しなければ。花形を取らせる為にも、蜜を手に入れる為にも…。貞成と歩きながら、俺は気持ちを新たにした。しかしながら…花形を取らせる為にはどうしたら良いだろう。
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