昼想夜夢(仟之助)

34/39

991人が本棚に入れています
本棚に追加
/386ページ
男娼の道中が近付くに連れ、沢山の観衆やほんのりと灯る提灯(ちょうちん)の灯りが見えてきた。道中には長くて真っ赤な幕が敷かれてあり、俺に気付いた側役と女将が近寄ってくる。 『澤名様、この度は水揚げの宴おめでとうございます』 『ああ、ありがとう。…蜜は?』 『蜜なら幕の向こうでお待ちです。幕の中央まで花形の清がお連れ致しますので、澤名様も中央まで歩き清から蜜を受け取って下さい』 『…解った』 『ではこちらへ』 俺は幕の端に立った。しばらくすると幕の向こうに清が手を引き…沢山の華々の真っ赤な着物に身を包み、化粧を施した蜜が現れた。長い髪は結われ…綺麗な胸元が見える。その姿は何とも美しくて、息が詰まる程だった。 蜜と俺の視線が絡み合う… 男壇月陰の側役が(つづみ)太鼓を片手に、静に響を叩き始めた。単調で深い響きが奏でる単独での演奏。俺達はゆっくりと幕の中央に歩み寄り、お互いの顔がしっかりと見えてきた。 蜜との距離が近付き、お互いにゆっくりと立ち止まる。蜜が緊張した面持ちで俺を見上げてきた…俺は優しく微笑みながら蜜に手を差し出した。蜜が清の手から離れ、俺の手にそっと手を添え歩こうとしたが…急に清の方に向き直り 『清様…っ』 と駆け寄ろうとした。 一瞬の出来事だったが… 『駄目だ』 清が手を上げ蜜を制止する。蜜の瞳が潤んだが、俺は蜜の手をギュッと握り… 精一杯の微笑みを浮かべ頭を下げる清に 『安ずるな、清。これから蜜は私が大事に育て愛す。そなたは…貞成を大事にしてやってくれ』 と静かに囁き、清に微笑み返す。 それから俺は蜜の肩を抱き、中央の幕引きから男壇牡丹へと入った。
/386ページ

最初のコメントを投稿しよう!

991人が本棚に入れています
本棚に追加