俺の恋

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ずっと追いかけていたインディーズバンドBlood Pigeon(ブラッド ビジョン)がメジャーデビューを果たして、彼らの地元、俺の街への凱旋ライブをしてくれる事になった。 俺、湧井虹音(わくいれおん)は彼らのグッズが欲しくてライブが始まる何時間も前に家を出て慌てて電車に飛び乗った。ワクワクが止まらない。1人でのライブ参戦もこの浮き立つ心で何も気にならない。 高校2年の夏、俺はバンドを組んでいた。昔から音楽が好きでそれなりにのめり込んでいた。そんな時、よく入り浸っていた小さなライブハウスに1人で遊びに行った時、まだバンドを組んだばかりの彼らが産み出した音達を初めて聞いた。荒削りで、それでも琴線を震わせる音楽を響かせて箱全体を虜にするその音を聞いたその時から、俺は演者でいることを辞めた。俺が求めていた音たちがそこにはあったから。 凱旋ライブの最寄り駅に着けば、俺と同じ考えのファンが作る人ごみの流れが出来ていた。 「しまった、遅かったか…」 彼らの人気は俺の認識を超えていた。 2年前の彼らの結成ライブから知っているいちファンとして、自分の事のように心が擽ったかった。 この2年、都会に行って1年半、伸ばせば手に届く距離にいた彼らは売れて、触れられない距離の存在になった。 だから俺はベースを手放した事を後悔していなかった。 仲間を抜けたあのとき俺の行動は裏切り者扱いを受けた。それも仕方がない。完成しつつあったバンドの色を壊したんだから。 そんな仲間たちもBlood Pigeonの存在を認め出すと、だんだんと俺がベースを手放した事を理解してくれるようになった。そしてその中で1番共感してくれたアイツ、戸川真澄(とがわますみ)と、俺は初めての恋をした。俺の初めてを全部捧げた恋だった。 けれど、俺の初めての本当の恋は高校の卒業と共に終わった。 アイツの『好きな人が出来た』そのひと言で。俺は頭を下げてまで別れてくれという姿に、縋る事は出来なかった。いくら好きでも頷くしかなかった。 あれから半年が経った。 でも、俺の中ではまだまだ色褪せない。 あんなにもキラキラして満たされた、心を焦がした思いがそう簡単に消えるはずがなかった。 「ヤメヤメ、今日は楽しむぞ!」 俺は頭を大きく左右に振って、余計な感情を払いのけた。 今はライブだ。曲の予習は完璧だった。 人ごみの波に乗って前に進んでいた俺の足が止まる。後ろから来ていた人が俺にぶつかってしまった。 「チッ!」 「あ、すいません」 ふただびゆっくりと歩みを進めながら、俺の視線は俺から3組前の2人連れに吸い寄せられていた。 さっきも思い浮かべた忘れられない横顔。 あぁ、お前も来たのか。でも、今は会いたくなかったよ。自分がいた居場所に他の人がいる光景なんて知りたくもなかった。 その子が俺じゃなくお前が好きになった子? 俺に頭まで下げて別れて欲しいと願った新しい恋人なのか? 小柄でフワフワと柔らかいイメージの青年。冷たいイメージだと言われる俺とまるで正反対な存在。 人の波の流れに身を任せ俺は、未だにアイツが好きだと叫ぶ心に蓋をした。 そう、蓋をしなければ。 俺は選ばれなかった。 アイツの隣は俺の場所じゃなかった。 ただそれだけ。 噛み締めた唇からは血の味がした。 苦行の様な時間を終えて欲しかったグッズを購入した時には、俺の心は疲れ果てていた。 家を出る前に感じていた高揚感はこの手の中になかった。 2時間後にはBlood Pigeonの凱旋ライブの幕が開く。 人ごみ、いや、アイツから離れてカフェに腰を降ろした。1人で居たかった。アイスコーヒーを一口、一口と口に含めばピリっと走る切れた唇の痛みに徐々に冷静さを取り戻していた。 大きく深呼吸を何度もする。 吐き出した息と一緒に思いを身体から追い出そう。 そして俺はイヤホンを耳に着けると、彼らの新しいアルバムの曲たちの音に浸った。
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