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また、違った。
5メートルくらい前を歩いていた人の横顔がちらりと目に入って、かつて愛した人じゃなかったことに気が付いて、私は軽く首を横に振る。
いつまでこんなことやってるんだろ。5年も経つのに、人ごみの中に背の高い人を見つけては、彼かと期待して、そして裏切られて失望する。
私の会社は日本でも有数のターミナル駅から徒歩7分。毎朝ラッシュで電車から降りた時。駅前の大きなスクランブル交差点が青になって、一斉にみんなが歩き出す時。必ず人波に飲み込まれる。
――ほら来いよ、桃子。お前、ほんっとちっちゃいな
私がもたもたしていると、必ずそんな言葉と一緒に差し出された手。人と肩や肘がぶつかるような雑踏の中でも、彼の隣だと、大きな木に守られているみたいな安心感があった。
絶対にはぐれないようにと、強く固く結ばれた手。
あの手を離してから、もう5年も経つのに。どうしてまだ私は…。
みんなが同じ方向に、さくさくと歩いていく中で、一人だけ立ち止まってるような気分になる。体ではない。心が前に進めていない。
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