人混みの中にあなたを

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朝子先輩の話には続きがあった。 「奇跡って、だってあの交差点が無人になるなんて、そのタイミングすら難しいのに、更にその先で会いたい人に会えるって、どんだけ天文学的な数値ですか、それ」 私が突っ込むんでも、朝子先輩は平然と言う。 「だから~。生きてる人間じゃなくて。その先に立ってるのは、本当ならもう、この世では会えない人よ」 「ゆ、幽霊ってことですか」 「まあ、有り体に言えばそうだけど。でも、ロマンチックじゃない? いつもは人でごった返した交差点が、その瞬間だけ、こっちの世界とあっちの世界を結ぶ二人だけの世界になるんだよ」 ホラー映画も怪談も苦手な私は、朝子先輩のいう『ロマンチック』は正直ついていけないと思ったけれど、今、こうして『彼』と対峙していても、不思議な程、怖ろしさはなく、心はとてもなだらかだった。 信号が青になって私が歩き始めると、彼の姿も近づいてくる。けれど、彼は歩いていない。ただ、私と距離が近づくにつれて、その像が大きくはっきりとしてくるのだ。 交差点のど真ん中で、彼とすれ違った瞬間、彼に手を掴まれた。彼の映像は透けていて、握られた手も、彼の手の下に、私の手が見える。なのに、不思議と掴まれている感触はしっかりとあった。 「こっちに来る?」 懐かしすぎる声で、そう尋ねられて、わけもなく涙が溢れた。
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