ウ、ウッヂュー……。ライク……。パートナー

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ウ、ウッヂュー……。ライク……。パートナー

◇◇  俺と加奈が『付き合い』始めてから数日がたった。  付き合ってるといっても、青春マンガやアニメのような甘酸っぱいことは何一つない。  仲良く会話することも、SNSで夜通しメッセージを送り合うことも、そして甘いキスも……。  一切ない。  つまり俺たちの関係は付き合う前後でほとんど変わらない。  ただちょっとした変化はあった。  それは教室の片隅にある彼女の席で、下の名前を言い合って挨拶することだ。   「おはよう、加奈」 「あ、おはよう、雄太くん」  はじめは驚いた様子の加奈だったが、数日もたてば自然な笑顔で返してくれるようになったんだ。  それでも休み時間に教室の隅でポツンと一人でいる加奈に話しかけるような勇気はない。  だから未だに加奈と二人で会話するきっかけすらつかめなかったのだった。     ……… ……  今日は英会話の授業がある日だ。 「ハーイ! エブリバデイ! ハワユー!?」  やたらテンションの高い高畑マリア先生の一声で授業は始まる。なお高畑先生は帰国子女でアラサーの独身女性。肉食系で若い教育実習生の男の子に毎年唾をつけているようだ、と恭一が教えてくれた。 「今日の授業は『Would you like』。うしろに名詞をつければ、『◯◯はいかがですか?』となります! はいっ! じゃあさっそく二人一組になって練習してみましょう!」  高畑先生の授業は決まって二人一組になって英会話を練習する。 「ヘイ! ミスターユータ! 俺と組もうぜ! オーケー?」  いつもパートナーとして組んでいるのは恭一だ。  しかし今日は気になることがあって「オッケー!」と返事がかえせなかった。  それはクラスは31人だから、二人一組になると『余り』がでること。  その場合は高畑先生が相手をする。  それが誰なのか今までまったく気にしていなかったのだが、ふと一つの不安がよぎったのである。  そこで俺は教室の隅に目をやった。   「やはり……」  案の定、加奈は孤立していた。  彼女の方も積極的に相手をみつけようとせずに、うつむいたままじっと固まっている。表情は悲しそうで、目に涙がたまっているようにも見える。  その様子は見ているだけで痛々しいものだった。   「ヘイヘイ! どうしたんだYO! ん? 遠藤か。あいつはいいんだよ。英語ペラペラだから、いつもマリアちゃんとコンビ組んでるじゃん」  加奈は英語がしゃべれるのか。  恭一ですら知っている事実を知らなかったことに、チクリと胸が痛む。 「でも、なんか辛そうだぜ」 「そうかぁ? 遠藤っていつも無表情だから分かんねえよ。っつーか、なんでいきなり遠藤のことなんか気にしてんの?」 「いや、別に……」  俺が言葉を濁したところで、教壇から高畑先生が大声で言った。 「はぁい! ペアができたらすぐに始めてください! 『Would you like』を使って短い会話をするのよ!」  ぐるりと教室を見渡した先生は、加奈のところで視線を止めると、ゆっくりと彼女に向かって歩き出す。  言うまでもなく加奈とペアになるためだろう。 「ヘイ! ユータ! 早く始めようぜ!」 「え、ああ、いや……」 「なんだよ! 二人一組になる時に遠藤がハブられるのはいつものことだろ!」 「いつも……?」 「美術も、音楽も、体育だってそうらしいじゃん。だからあいつも慣れてるからいいんだって」 「ハブられるのに慣れてるだって?」 「ああ、その証拠にあいつから誰かに話しかけてるの見たことないじゃん。だから気にすんな。おまえはいつも優しすぎるから、いい人どまり……」 「ごめん、恭一。今日は高畑先生とやってくれ」 「ホワーイ!?」  俺は椅子を持って立ち上がると、教室の隅に向かって歩き出した。  突拍子もない俺の動きに、恭一をはじめクラスメイトたちの視線が俺に集まっているのを感じていたが、俺の足は止まらない。 「ハブられるのに慣れてるなんて……。そんなわけねえだろ」  俺は誰にも聞こえないようにつぶやいた。その言葉には自分でもビックリするくらい、強い感情がこもっている。   「それに遠藤はいつも無表情なんかじゃない」  嬉しい時には誰にも負けないくらいに可愛い笑顔になるのを俺は知っている。  だからこそ、辛そうにうつむいている彼女が、『ハブられるのに慣れてる』なんてことはないはずなんだ。 ――ドンッ!  加奈の席の前に椅子を置くと、彼女に向き合うようにして座った。   「雄太くん?」  加奈が目を丸くして、穴が開くほど見つめてくる。  俺は恥ずかしくなって横を向いた。  そしてありったけの勇気を振り絞った。   「ウ、ウッヂュー……。ライク……。パートナー……」  英会話は苦手だ。  だから文法なんてめちゃくちゃだし、単語も知っているものしか並べられない。  でも「俺のパートナーになってください」なんて日本語で言えるほどの勇気がなかった。  そんなカッコ悪い俺に、加奈ははっきりとした口調で返してくれたんだ。   「イエス! サンキュー ベリー マッチ !」  とても滑らかな発音。  驚きのあまり顔を上げると、目に飛び込んできたのはとても嬉しそうにしている彼女の笑顔だった。  その笑顔を見て思わず独り言がもれた。 「やっぱりそうだったんだ」 「えっ?」  再び目を丸くした加奈に、俺は横を向きながらつぶやくように言った。   「これからは二人一組になれって言われたら、俺がなってやるから。だから……だから辛そうな顔するな。加奈が辛そうだと俺も辛いんだよ」 「え……」  顔を真っ赤にして固まる加奈。  俺だって死にたいくらいに恥ずかしいっての。  でも……。  ここで勇気を振り絞らなかったら、後悔しそうだったから……。 「……ありがとう」 「……どういたしまして」  俺たち二人が消え入りそうな声を出す一方で、高畑先生と恭一の声が教室の中にこだましていた。 「ヘイ! キョーイチ! ウッジューライク ア キス? キス? キス?」 「ノー! ノォォォ!! ゆうたぁぁぁ! 一生恨むからなぁ!!」  何はともあれこうして俺は英会話の授業ではあるが、初めて加奈と会話できるきっかけを得たのだった。
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