『遠山春奈』と『遠藤加奈』の文字は視力0.01には見分けがつかない

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『遠山春奈』と『遠藤加奈』の文字は視力0.01には見分けがつかない

◇◇  俺、田中雄太(たなかゆうた)は今、これまで生きてきた17年でもっとも緊張している。  なぜなら近所に住む同級生の遠山春奈(とおやまはるな)に告白しよう思っていたからだ。  春奈とは小学校卒業とともにまったく話していなかったけど、高校になって同じクラスになったのがきっかけで、意識するようになった。  高校生になった彼女は見違えるようにあか抜けていた。  明るい性格に加え、目を引く華やかな容姿で、男子からも女子から人気がある。  一方の俺はまったく目立たない男で、当然彼女なんて作ったこともない。  だから俺と春奈は言ってみれば『月とスッポン』。共通点は同じ年に生まれた高校生くらいなもので、その他の接点なんてほとんどない。  当然会話などできるはずもなく……。 ――おはよう、雄太。 ――おはよう、春奈。  これくらいなものだった。それも二年生になってからは皆無。  俺はただ遠くから彼女を見ては、想いを募らせていったというわけだ。  しかし一昨日。つまり金曜日。  春奈と女子たちの会話が耳に入ってきてしまったのだ。 ――ねえ、春奈は彼氏作らないの? ――うーん、欲しいけどね。相手がみつからなくて。 ――ええーっ! もったいないよぉ! じゃあ、今度紹介してあげるね! 春奈ならたいていの男子がオッケーするって!  これを聞いた瞬間に、俺の中でこれまでくすぶってきた恋心が焦りとなって吹き出してしまった。 ――早くこの想いを伝えなくちゃ!  もちろん女子に告白なんて生まれて初めてなわけで、緊張のあまり朝なのに母さんに「おやすみ」と言ってしまったのも仕方ないことだと思う。    しかし今ここで春奈に告白しなかったら一生後悔するような気がしてならない。  だから抑えきれない想いを今、ぶつけよう――。    KINEというSNSで……。  直接言わないのは俺に勇気がないからだ。  ただでさえチキンで奥手の俺。  そもそもこの17年間、春奈以外の女子とまともに話したことすらないのだ。そんな俺がたとえ春奈相手とはいえ、「好きです」なんて面と向かって言えるはずもない。    俺は眼鏡を外した。  裸眼だと0.01の俺の目に映るのは、ぼやけた視界。  こうすれば大胆になれるのを俺は知っている。  風呂の中の俺はいつだってそうだからだ。   「よし、やるか」  声に出して気合いを入れる。  ここは自分の部屋。いわばホームだ。  俺はベッドの上でうつ伏せになってスマホを手に取った。  「遠山春奈」を連絡先一覧から探す。  ちなみに春奈の提案で俺のクラスは全員でKINEを交換した。  うちの高校は3年間同じクラスだ。全員が仲良くなるためだという、春奈の主張に異を唱える人はいなかった。  しかし実際に連絡を取り合ったのは親友の舟木恭一(ふなききょういち)を含めて、数人の男子だけだ。    ぼやけた視界のまま30人の連絡先一覧から春奈の名前を探す。  まるで暗闇の洞窟へ宝さがしにやってきた冒険者のようだな。    そうか。  俺は今、恋の冒険者になってるんだ――。    ……などとくだらないことを考えながら、『遠』の文字を頼りにする。  最後は『奈』……。   「あった!」  滲んだ文字列をタップした。  何のメッセージもかわしていないことを示す真っ青な画面が開かれた。  そして震える指を滑らせて文字を打っていった。  右目だけを開いて画面に思いっきり近づけると、ちょっとは字が見える。   『好きだ。つきあってほしい。返事は明日、教室でくれないか?』  この場で返事をもらうほどの勇気が俺にはない。  あとは紙飛行機のアイコンを押せば、メッセージは春奈に届けられる。   「スーハ―。スーハー……」  何度も深呼吸するうちに、弱気の虫がわいてきた。    やっぱりやめとこうかな……。  こういうのは直接言った方がいいよな。  そもそも俺からKINEでコクっておいて、返事は直接くれっていうのは虫が良すぎるし。  うん、やっぱりやめよう……。    ……と、その時だった。   ――バンッ! 「おにいちゃあああん!!」  3つ下の妹、香織が突然部屋に入ってきたのである。 「のわあああっ!」 ――ぷちっ。  思わず飛びのいた俺はスマホを背に隠した。   「むむっ? 何やってたの?」 「な、なんでもねえよ! っつーか、ノックしろよ!!」 「怪しいなぁ。どうせエロい動画とか見てたんでしょ。お母さんに言いつけてやるんだから」 「ち、ちげーし! いいからどっか行けよ!」 「ええーっ! せっかく面白動画見つけたから、教えてあげようと思ったのにぃ!」 「別にいらないから! 早く出てけ!」 「ぶーっ。おにいちゃんのケチ! 童貞!」 「童貞は関係ねえだろ!」  香織を部屋から追い出す。  そして荒くなった呼吸が落ち着いたところで、スマホを手に取った。        が、しかし、ここでとんでもないことが起こっていたのである――。       「メ、メッセージが……。送られてる……!」  なんと送るのをやめるはずだった告白メッセージが送られてしまったのだ!  ぼやけた視界でも『送信済み』を示す緑の吹き出しがはっきりと分かった。  きっととっさにスマホを隠した時に送信ボタンを押してしまったのだろう。   「ま、まずい! と、とにかくなんとかしなくては!!」  まずは眼鏡だ。  眼鏡をかけなくては何も見えないし、冷静に考えられない。  俺は眼鏡をおいたテーブルに手を伸ばした。    ……と、次の瞬間。     ――ブルルッ。    スマホが震えた。   「まさか……」  眼鏡をかけてスマホの画面を覗く。  するとさっき送った俺のメッセージの下に、新たなメッセージが追加されているではないか……。       『ありがとう。つきあいましょう。よろしくお願いします』 「はっ……?」  しかし俺はもう一つ、とんでもないことをしでかしてしまったことに気付かされた。     「遠藤加奈(えんどうかな)……。……って誰だ……?」  なんと俺は「遠山春奈」ではなく「遠藤加奈」というクラスメイトに告白してしまったのだった――。
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