幼馴染の仕返しはとても甘くて、切ない。

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 私は家に帰ると休みを返上して、仕事に戻った。  同僚達に田舎はどうだったと聞かれ、適当に笑って答えた。  適当な距離を保って、付き合う同僚達。  それが疲れた自分には丁度よかった。  家に帰って、冷えたビールを飲みながら、ぼんやりとテレビを見る。  安らぎの時間。  でもなぜか、心にぽっかり穴が開いたような気分だった。  頭に浮かぶのは河野の顔、そして一緒に飲んだクラスメートの子達。  結局、私は何もない。    数日後、盆踊りの前日。  私はメールを貰った。  『美佳。待ってるから。みんな待ってるから。次郎』  それは河野からだった。  メールを見たとたん、皆で飲んだこと、河野に抱きしめられたこと、あの時感じた、何とも言えない気持ちを思い出し、鼻がつんと痛くなるのがわかった。  涙が出そうになるのがわかった。  でも、河野のメッセージは信じられなかった。  きっと全部嘘、私をからかうつもりだと思った。  私が過ごしてきた学校、村、すべては私を受け入れてくれない。  私をつまはじきにする。  戻るわけにはいかなかった。    傷つくのは嫌だった。  『おはよう。今日は晴天だ。絶好の盆踊りの夜になりそうだ。次郎』  翌朝、河野からそんなメールを受け取った。  私は無視をした。  期待するのが嫌だった。  でも私はそのメッセージを何度も、何度も読まずにはいられなかった。  きっと、私をからかうつもりだ。  そんなつもりなわけ、ないじゃない。  午後五時、  『美佳、盆踊りが始まる。来ないのか? 次郎』  河野からまたメッセージが届いた。  私は携帯を机の上に、置き、じっと膝を抱えた。  河野の顔が浮かび、私は胸がどきどきするのがわかった。  午後五時半、  私は携帯を掴むと、小さな鞄に財布を入れ、部屋を出た。  そして駅に向かって駆け出した。  電車に乗り、町に向かった。  駅を降りると、色とりどりの提灯が道路の脇を飾り、屋台が所狭しと並んでいた。  確か、八百屋の近くにいるはずだ。    私は人の間を縫って進み、踊る人々を横目に先を急いだ。  八百屋の近くに行くと、同じ色の浴衣を着た団体が目に入った。  クラスメートの子達は私を見ると驚いた顔を見せた。  でも柔らかく笑うと温かく迎えてくれた。  そして、顔を出した田中さんがごめんと謝ってきた。    奥にいた、鉢巻を巻き、浴衣の袖をまくりあげた河野は、私を見るととびっきりの笑顔を向けた。  騙されてみようか。  あの笑顔に。  私はその笑顔を見てそう決めた。  笑われてもいい、騙されていてもいい。  河野の笑顔はかっこよかった。 「河野。私と付き合ってよ」  太鼓の音がリズミカルに聞こえ、人々が口々に唄を口ずさむ。そして浴衣を着た人や、洋服を着た人が軽やかに踊る。  そんな中、勇気を出した私の告白に河野が目を丸くしたのがわかった。  河野は、真っ赤な顔をしてどきどきしている私をじっと見た後、口を開いた。 「……俺が本気だと思ったの?」 「!」  やっぱり……。  私はその場を逃げ出したくなり俯いた。 「冗談だよ。好きだよ。美佳」  河野はくすっと笑うと、俯いた私の頬にそっとキスをした。  嘘かもしれない。  仕返しかもしれない。  でも私はその優しいキスに騙されることにした。
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