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翌日、妹の結婚式が無事に済み、彼女は山田さんの家に住むことになった。幸せそうな笑顔の奥に不安そうな様子が見て取れたけど、妹なら大丈夫だと思った。
「……美佳ちゃん!」
夕方、村から少し離れたところにあるスーパーに行くと、小林芽衣子にあった。高校のころは派手な様相で、もてていたのを覚えている。しかし、今はベビーカーに子どもをのせ、落ち着いた感じだった。
「美佳ちゃん、久しぶりね! 美貴ちゃんの結婚式、今日だったんだよね? 確か役場の消防課の山田さんと結婚したんだよね! 本当いい人にめぐり合ったよかったわねぇ」
「う……ん」
小林さんの言葉に私は愛想笑いをしながら頷いた。
さすが狭い世界……私よりも美貴の旦那さんを知っている感じで驚いた。
しかも小林さんとは高校生の時も、話をあまりしたことがなかった気がする。こうして私に親しげに話しかけてくること自体、不思議な気がした。
「美佳ちゃん、いつまでいるの? 今週末、盆踊りがあるのよ。美佳ちゃんも参加しない。皆参加するわよ」
小林さんはそう言うと笑った。
盆踊りか……。
そういえばそういうイベントがあったっけ?
小林さんに誘われるなんて思いもしなかった。
私は曖昧に笑うと小林さんに手を振って、別れた。
私は田舎に友達と言えるものがいなかった。
クラスの子とは小さいときからずっと一緒にいたのに、なじめなかった。
唯一、親しくしていたのが河野だった。
でも六年前のあの言葉で私は河野を失った。
唯一、友達だった河野を失った。
縁側に座って、ぼんやりと外を見てると虫の声が聞こえてきた。
静かな夜だった。
遠くで隣の家の笑い声が聞こえる。
河野の奴も家に帰っているのかな。
奴の家は、隣だった。
そのせいもあって、多分、彼は私に構っていたのではないかと思った。
でも私は、あの言葉で彼を傷つけた。
昨日見た、皮肉な笑みがまだ脳裏に残っている。
きっと彼は私のことが嫌いだろう……。
「美佳、ちょっと次郎くんのところに行ってきてよ。昨日、借りてた食器返してきて」
「え~。なんで私が!」
「あんた暇でしょ。母さんの手伝いをするとか、そういう気持ちはないの?」
……うるさいな。
私はそう思ったが、暇であったし、久々の親孝行だと思い、ずっしりと重い大小の食器を持つと河野の家に向かった。
「美佳? ああ、食器か。貸して」
玄関に出てきた河野はそう言うと、私が両手で抱える食器を軽々と持ち上げた。
これで任務完了……。
「美佳、待ってて」
玄関から出て行こうとする私を河野は呼び止めて、家の奥へ入っていった。
私は少し考えたが、素直に待つことにした。
「悪い、待たせた」
河野はそう言って鍵をジャラジャラ持ちながら現われた。
「これから、盆踊りの練習があるんだよ。美佳も来いよ」
河野は靴を履くと私にそう笑いかけた。
盆踊り、
そういえば、小林さんが言ってったっけ。
今週末……。
今週末には帰るつもりなんだけど……。
「ほら、いくよ」
河野は玄関先で戸惑ってる私の手を強引に掴むと歩き出した。
「ほら、乗って」
そして家の車庫に回ると、助手席のドアを開け、座るように勧めた。
まあ、いいか。
私はとりあえず素直に車に乗った。
盆踊りの場所は村から車で五分ほどの町の体育館だった。
車の中で、河野は同級生のことを色々教えてくれた。
クラスの子が今何をしているのかとか、事細かに笑いながら話す。私は六年前の記憶を照らし合わせ、その変わりように驚いた。
しかし、一番驚いたのは河野の外見だったけど。
体育館につくと、見知った顔が何人もいた。
変わらない私の顔を見て、誰もが久しぶりと話しかけてきた。
六年前は仲良くなんて、できなかったクラスの子たちと普通に話せる自分に驚いた。
そして、あの時、見えなかったクラスの子たちの隠れた性格がわかり、なんだか驚きよりもむずがゆい気持ちになった。
結局、盆踊りの練習後、明日は月曜日だというのに、皆で飲むことになった。
飲むとますます、皆上機嫌になり、私も自分が饒舌になったのに驚いた。
六年前、あんなに距離があったクラスの子たちとこんなに打ち解けることができるなんて信じられなかった。
「参加してよかっただろ?」
「うん……」
車の運転代行を頼み、後部座席に河野と一緒に座りながら私は興奮が冷めやらなかった。
あんなに苦手だったクラスの子とこんなに話せる日が来るなんて思わなかった。
「みんなさあ。都会に行ってずっと帰ってこないお前を気にしてたんだよな。ほら、お前、いつも浮いていただろう?みんなさ、友達になりたかったけど、なんか話しかけ辛いって言ってたんだよな」
私は河野の言葉に苦笑した。
「お前、都会に行って変わったな。いいことだ。みんな驚いたぞ」
『美佳ちゃんってそういう人だったんだ』
そう言えば、そんなこと飲みながら言われた気がした。
「なあ。美佳。お前さあ。田舎に戻ってこない? おばさんもおじさんも寂しがっているぞ」
「……」
河野がじっと私を見つめてそう言ったが、私は答えを出せなかった。
やはり田舎が嫌だった。
「じゃ、ありがとうございました。お休みなさい」
代行の運転手を見送り、私は家に帰ろうとした。
するとふいに河野に手を引かれた。そして抱きしめられる。
「お前さ。俺と付き合わない? もう不細工なんて言わせない。俺は変わった。都会の男と同じくらいかっこいいと思うけど」
「……飲みすぎだよ」
私はどきどきする心臓を悟られないことを祈りながら、河野の腕から逃れた。
「今日はありがとう。おやすみ」
何もなかったように、彼に背を向けて家路を急ぐ。
河野に抱かれた体が熱かった。
あのまま、うんって答えていたら、本当に付き合えたのかな。
でも私のそんな甘い考えは、すぐに馬鹿げたことだったと思い知らされた。
河野が不細工と罵った私を好きになってくれるなんてありえない話だった。
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