#B - 甲虫紳士、参上!

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 4  ――しかしその数分後、私の予想は的外れだったことを思い知る。 『Aiiieeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!?!?!?』  紳士の絶叫がエコー・パークに木霊した。  両手で頭を抱えるその姿は、最初の頃の優雅たる振舞いとは比べ物にならない動揺っぷりだ。  そして彼の周囲に悪虫の姿は一つも無い。理由は簡単だ。  私達がからだ。  悪虫の大群は、真正面からこちらに向かってきた。  これに対し私達はジニーが作り出した炎の壁を盾にしつつ、その陰からひたすら火球を飛ばし続けた。  すると虫達は後退という言葉を知らないのか、次々に炎の壁へと突っ込み、そのまま灼熱に耐えられず焼け死んでいったのだ。  後方に居た虫達も、アダム達と私が放つ火球の弾幕を受けて燃え上がり、焼死しながら湖へと落ちていった。  私達の放った炎は悪虫達に対し、予想を遥かに上回って効果覿面だった。  しかし紳士もそれを続けることが悪手だと気付き、悪虫の数が半分ぐらいになったところで後退を図る仕草を取っていたのだが、何故か悪虫達はそれに従わず自ら炎の壁へと突っ込んで来たのだ。  こうして悪虫達は、甲虫紳士ただ一人を残して全滅した。 『なぜだ令嬢達! なぜ我輩の号令を聞かなかった!』 「残念だったわね、紳士。今日の虫遺火は特別製。あなたの言葉に耳を貸せない程強い誘惑だったみたいね」 『くぅううううう……!』  紳士は酷く悔しそうに両拳を握りしめている。  どうやら悪虫達は、炎の壁の向こうに在った虫遺火の蠱惑香に惹きつけられた為に、その進行を止めることが出来なかったようだ。 「It is like a (飛んで)moth flying into(火に入る)the flame(夏の虫)」とは、まさにこの事だろう。  巨体でも所詮、虫は虫だったということだ。 『くっ……認めよう。今回は貴公らに勝ちを譲ろう……だが次こそは! 次こそ必ず貴公らを(くだ)し、我が主に勝利を捧げてみせよう! これはただの敗北ではない! 真なる勝利の為に必要なぐっほぉおおお!?』 「長えよ。負けたんならとっとと帰れ」  アダムの容赦ない射撃が紳士の顔面に直撃し、紳士は情けない悲鳴を上げた。  なんというか、敵だが少し哀れに思えてきた。 『ふ、ふふふ……それでこそ我が好敵手たち……またお会いしよう。さらばだ!』  そう捨て台詞を吐くと、甲虫紳士は四枚の薄羽をはためかせ、そして瞬きのうちに消えた。   どうやら目にも止まらない速さで、空へと逃げた様だ。  私の知覚でも既に捉えられないところまで行ってしまった様なので、もう当初の目的を果たすつもりはないのだろう。  つまり私達の勝利だ。 「……え、終わり?」  意外にも呆気なく片付いてしまったので、思わず声に出してしまった。 「終わったな。帰るぞ」 「おつかれさまー」 「え、ちょ、ちょっと待ってくれ! あれ、追わなくていいのか?」  二人はさも当然の如く、そのまま帰還の準備を始めている。  あの魔人を殺害することは憚られるが、せめてこれ以上何かしないよう、拘束するべきだったのではないだろうか。  これでは、あの紳士がまたやって来てしまう。 「あの速さ見ただろ? アイツを追えるやつはここにはいねえよ。それにだ」 「いつもの事だって?」 「彼、この時期になると毎年現れるのよ。だいたいひと月に一回ぐらいのペースで今回みたいに虫を連れて来て、LAの人を襲いに来るの。ただ騎士道精神がどうとかで、いつも正面からしか襲って来ないから毎回同じ戦法で勝てちゃうのよね。で、負けたと分かるとすぐ逃げちゃうから、捕まえようにも捕まえられないの。そのくせ毎回来る度に勝てると思ってるらしくて」 「それは、なんというか……」  凄く残念な感じだ。  負けを認めるくせに、やって来る度に同じ事を繰り返すというのは、彼は学習をしないのだろうか。  別に、ただ正面から戦うことだけが騎士道というわけでもなかろうに。  彼の特殊な拘りなのか、あるいは、魔人になった拍子にどこか精神的におかしくなっているのかもしれない。  そう考えると、同じ魔人としては少々複雑な気分だ。 「ちなみにこれ、例年と同じなら十月まで続くからな。来月は気温も上がるし、虫の数増えてんだろうなぁ」 「うぇ……毎度のことだけど、ホント『虫』って感じ。いくら叩き潰しても湧いて出て来る」  ジニーとアダムは揃って溜息を吐いている。  ある意味ではかなり厄介な魔人の様だ、彼等が辟易していた気持ちが漸く分かった。  しかしどうやら毎年の如く続いているらしいので、もはやエクスシアの定期業務なのだろう。  ならば毎度追い払うしかない。  それに、やはり殺さずに済むのであればそれに越したことは無いのだ。  毎回虫の大群を見るのは少し嫌だが、この程度であれば激務ではない。  この前の魔女狩り事件などよりも、全然楽な仕事だ。  ――他の魔人の対処もこれぐらい簡単であれば良いのに。  そんな淡い期待を抱きつつ、私は帰還を始めるジニー達の後を追うのだった。 「……ちょっと待って。これ毎月やるのか?」 Case.3.5『Devil Bugs Outbreak/悪虫大発生』 解決
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