6人が本棚に入れています
本棚に追加
#A - 地獄の門と扇動者
1
「未曽有の危機、ですか……詳しく聞かせて下さい」
魔女狩りの魔人による大炎鷺の転生や、ホテルに擬態した大型擬態者の覚醒、そして黒百舌の群集襲来など、この一ヶ月間だけでLA滅亡の危機が何度かあったものの、最悪の未来は回避することは出来た。
いずれもかなり危ういものだったはずだが、それらを抑えて未曽有の危機と称される何かが、この先に待ち受けているというのだろうか。
不安で胃が締め付けられるような感覚に襲われる。
出来れば知りたくないが、知らなければならないだろう。
人々の安全と街の平和を守る為にも、これは最重視すべきことだ。
「これより一三七日後――今年の十月三十一日に当たるこの日、ウエスト・ハリウッドを中心に、およそ数千人もの人間が死ぬ最悪の未来を観測した」
「なんだそりゃ。天使がファンファーレでも吹くのか?」
「いや、黙示録の規模には到底及ばないよ。しかし私もこれの伝承については知識として有していたが、あれを地獄で観測したのは今回が初めてでね」
「いったい、なんなのそれ?」
「うむ。その説明をしたいのは山々だが、補足役が欲しいところだな。ジョン、すまないがアネット君を呼んでもらえるかな」
「え、アネットですか? はい、分かりました」
いつも話合いに参加しないアネットに参加を強いるとは、珍しい。
彼女も特殊な存在であり、超常存在に関する知識は豊富なので、今回はそれに期待しているのだろう。
どこかで蔵書を読み漁っているであろう彼女に向けて呼び掛けると、間もなくして少し離れた本棚の陰から、浮遊するアネットが現れた。
『邪魔をするな背の君。今「Sodomy & Gomore!~創世ロマンチカ~」の六巻の山場なのだ』
「なんだその色々と危なそうなタイトルの本……いやそんな事より、マルコムさんが話に参加してほしいって」
『マルコム殿が? 珍しいこともあるものだ。ならば致し方ない』
アネットは手にしていた蔵書を棚に戻すと、渋々といった様子で浮遊しながらこちらにやって来る。
そして私の肩の上に腰掛けると、辺りを見渡してほくそ笑んだ。
『来た時よりもメンバーが増えているな。しかしまぁ……なんとも面白い集まりだ』
「なにがだ?」
『魔人が一人、半神が二人、魔獣が一匹、魔動人形が数体……このままアルゴー船に乗って地中海にでも行く気か?』
「アルゴナウタイはギリシアの英雄だけだ。この場の誰にも相応しくねえ。残念だったな、坊主の伴侶」
『そうか。しかしアダムよ、今の呼ばれ方はとても心地が良いな。もっと言って』
「アダム。こいつ本気にするから、その呼び方は止めてくれ。頼むから」
「あ、アネット久しぶり~!」
『それ以上吾に近付くなヴァージニア。もう汝のお人形遊びに付き合うのは御免だ』
「つれないこと言わないでよぉ」
『人形なら、そこの小娘で我慢しておけ。採寸的にも良い感じではないか?』
「おいアネット、俺の相棒を身代わりにするなよ。それとジニー、『その手があったか!』みたいな顔はやめてくれ。その手は無いから……っておい! 言ったそばからミシェルの肩を掴むな!」
「ジョ、ジョンさん! ジニーさんの顔がちょっと怖いんですけど……アネットさん、なにを言ったんですか?あ、あの……ジニーさん? なんで私の背後に回るんですか?」
『背の君よ! 吾よりあのちんちくりんの小娘の方が大事だと言うつもりか!? 将来を誓い合った仲だというのに……この浮気者!』
「何の話だ!? というかいい加減脱線しすぎだ!」
「アッハッハッハッハ!」
傍から見ても明らかにくだらないやり取りを繰り広げる最中、突如としてマルコムの笑声が館内中に響き渡る。
私達のやり取りをずっと眺めていた様だが、どうやら彼の笑いのツボに嵌ったらしく、今まで見たことがないくらいの満面の笑みを浮かべている。
そんなに面白いのか。
「いや失敬。最初の頃の君達とは比べものにならなほど良好な関係を築いているみたいだからね、嬉しくてつい」
「どういう立場なんですか貴方は……もういいですから、話進めましょうよ」
「そうだね、ではアネット君。私が都度そちらに話を振るので、補足程度で答えてくれるかな」
『ふむ。問い一つにつきチーズバーガー三つ、それで手を打とう』
「後程手配しよう」
『よし』
相変わらずアネットは食意地が張っている。そんなにチーズバーガーが気に入ったのか。
交渉を終えたマルコムが徐に指を鳴らすと、彼の執務机の両隣に楕円形の姿見が出現した。
その姿見にはとても見覚えがあり、それが地獄を見る為の鏡であることはすぐに気付いた。
「まず君達に尋ねたい。『十月三十一日』と聞いて君達は何を連想する?」
「十月三十一日っと言ったら……やっぱりハロウィンですか?」
マルコムの質問に答えたのは、ジニーに後ろから優しく羽交締めされているミシェルだ。というか、ジニーはいい加減離れてやれ。
そして私もミシェルと同意見で、十月の最後と言えばやはりハロウィンが思い浮かぶ。
その返答にはマルコムも嬉しそうに頷いているので、間違いではない様だ。
「そう、ハロウィン――現代では子供達がお菓子を求めて家々を巡り歩く日だったり、幽霊や魔女など様々な仮装をしてパーティを行う民間行事として根付いていることは、君達もよく知っているはずだ。しかし元来ハロウィンとは秋の収穫を祝うと共に、霊を追い出す宗教的な意味合いを持った祝祭だった」
「私それ、聞いたことがあります。確か夏の終わりと冬の始まりに合わせて死者の霊が家族を訪ねて来るから、それを鎮める為だったって」
「一般人にはその程度の認識で十分だが、正しくは死者の霊と共に現れる害悪な精霊や魔女から身を守り、それらを祓う祭事だ。古代ケルトのドルイド信仰では、十月三十一日は一年の終わり――冬の到来とされ、この時期には現世と幽世を繋ぐ『門』が開き、その境目が無くなると信じられていた。この門を通ってやって来る悪精や蘇生者、そして大いなる災いから身を守る為に魔除けのカブの仮面を被り、作物や動物を捧げた焚火の回りで踊る『サウィン祭』というのが、ハロウィンの起源とされている」
「なるほど……本来のハロウィンは新年祝いと厄払いの役割があったんですね」
今でこそハロウィンはローマ人やキリスト教など様々な文化や宗教の影響を受けて現在の形に落ち着いているが、本来は悪精などの超常存在から人々を守る役割を担い、そして新しい年を祝う大事な祭だったのだ。
それが子供達のお菓子巡りやコスプレパーティに変化したのは、神秘が薄れた結果か、口伝いで広まった故か、あるいは平和な時代の表れなのか。どちらにしろ、本来の意味が不要となったのは決して悪いことではない。
ここまでの彼の話はざっとハロウィンの起源についてだ。一聞ではただの豆知識に思えるが、私はその中で語られた現世と幽世を繋ぐ『門』の事が気になった。
「その門というのは、あの『闇の渦』の事ですか?」
「向こう側の悪魔達がこちら側にやって来る際に潜る裂け目の事を言っているのであれば、それと同質だと言っておこう。だが、決して同じものと見做してはならない」
「いったいそれは……」
「それは自分の目で確かめるといい」
マルコムがほくそ笑むと同時に、執務机の両脇に並ぶ鏡に波紋が生じ、大図書館と我々が映っていた景色が歪んでいく。
しばらくすると波紋は消え失せ、代わりに鏡は全く別の景色を映し出した。
砂漠の如く荒れた大地。
崩れ落ちた鉄塔の群れ。
立ち上がる大炎と黒煙。
肉の様に赤い空。
まさしく世紀末、地獄の景色だ。
見るのはもう三度目なので、流石におどろおどろしい雰囲気には慣れたが、これがLAの裏側という事実を毎回突き付けられることだけは、少々億劫になる。
「あ……あの、ジョンさん、これ、何が映ってるんですか……?」
「え? あ――」
隣のミシェルにそう問われて、漸く気付いた。
今回、彼女は初めてLAの裏側を目の当りにするのだ。
自分が初めてこの光景を、変わり果てたLAの地を這う亡者達や蔓延る悪魔達の姿を目にした時、凄まじい嫌悪感と吐き気に苛まれたことを思い出した。
果たして彼女に耐えられるだろうか。
「ミシェル。見るのが辛ければ、しばらく目を瞑っておいた方がいい。これから俺達が見るのは文字通りの地獄だから」
「地獄……」
一応忠告はしたが、鏡から目を離す様子はない。
実際に見てみないことには、私の言葉の意味もよく分からないだろう。
「Seeing is believing」という諺もある。
とりあえず私も、今はどんな最悪の未来が待っているのか、見定めることに集中するとしよう。
最初のコメントを投稿しよう!