嫌いだったから

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「あなたはゴキブリが好きですか?」 「はあ?」  あまりにバカげた質問に、すっとんきょうな声が出てしまった。  それに、先に質問したのはこっちなんだが。まあいい。  「嫌いに決まってんだろ、あんなもん」  焦げ茶色のテカった体、かわいげのない触覚、素早い動き、繁殖能力、生命力、どれをとっても嫌いだ。想像しただけで背筋がざわつく。  肩を回した俺に、男が質問を重ねた。  「どうして嫌いなんですか?」  どうして。あんなものを嫌うのに、理由が必要か?  強いて言うなら、  「生理的に嫌いだ」  存在そのものを受け入れられない。いつどこでどんな形で見つけても、やつらとの距離は縮まらない。自分の家に侵入されたなら、ぶち殺すまで風呂にははいれまい。たとえやつらが他の小虫を駆除していようが、次の日にはホームセンターで専用の罠を買うだろう。 すべて、という具体性のない嫌悪。生理的に嫌う、というのはそういうことだろう。  ああ、と俺は納得してしまった。  「だからお前は、殺したんだな」  こいつは、俺の質問に答えていたのか。  ガラスの向こうで、男は手錠に繋がれている。その顔は、ゴキブリを殺したあとのようだった。
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