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上野さんの状態を考えて、すんなりと風呂から上がって来た僕たちに、不機嫌オーラ全開ながらもちゃんと朝食の準備をして待っていてくれる。
今日も美味しそうなおかずがずらりと並んでいて、ここ最近僕の体重は右肩あがりなのでは?と、思ってしまう。夏でもこんなに食欲が落ちないのは、このおかずの味付けのおかげだろう。
「愛斗は今日何して過ごすの?わたしたちは最終の準備とかでやることが沢山
あるけど・・・。あ、巫女姿で境内を回るってのはどう?」
「―――巫女姿が見たいだけでしょう。」
上野さんに速攻突っ込まれてもめげないなのが鶴城さん。男の僕が巫女になれるわけがないだろうに。それにあの神社にはそれなりの数の巫女さんもいるじゃないか。流石、有名な神社だけあって、参拝者も多いし、神職者も多い。
「いや、なんか綾子さんと父さんと一緒に行動するらしくて・・・。僕もよく
分からないんですけど、とにかく着いたら綾子さんの部屋に行く事になって
いるんですよ。」
僕の返事を聞いて鶴城さんが固まった。母親の名前が出ると、こうやって固まる事がよくある。何かしらのトラウマのようなものでもあるのだろうか。
「うぇぇぇ・・・母さん、また愛斗を・・・。断ってもいいんだよ?」
断る理由なんてどこにもない。なんせここ最近会う機会が多いのだが、2人といるととても楽しい。父さんと綾子さんに恋愛感情なんて微塵もないけど、それでも友人として過ごしてきた時間の長さがよくわかる。時々話してくれる母さんの話は、僕の中の儚い残像を完全にぶち壊しにかかるけど・・・。
実際、どんな人だったのか、という事がよくわかって、やっぱり母が素敵な人だったんだってことがわかるのは嬉しい。
「朱羽様は愛斗様の事を気にしている場合ではないでしょう。ご自分の役割を
わかっていますか?当主様を見習ってきちんとお役目をはたして頂かないと
鶴城神社の大事な大祭なんですからね。」
お茶を持ってきてくれた小春さんにまでお小言を言われてしまう鶴城さん。
彼にとって今年の大祭がどれだけ大事な事なのかというのを、聞いてはいるがこの緊張感のない表情を見ていると、どうもそんな気になれない。
僕には理解出来ない役割があるらしいのだが、簡単な説明を受けてもわからなかった。神職というのもなかなか奥が深くて、見た目では分からない事が沢山ある。
「もーっ・・・わかってるって!上ちゃんも小春もほんっとわたしを信用して
いないなー!」
「―――信用できるようなところが皆無だからそうなるんだろ。」
上野さんの言葉は切れ味の良すぎるナイフだ。一言でぐっさりと刺さる。
かすっただけでも大けがをしてしまいそうなほど突き刺さる。
「あ・・・・あるから。多分、きっと・・・あるから。」
反論の言葉も弱弱しく、あきらかな動揺が見て取れる。大事な役割の前にここまで言わなくてもいいんじゃないかと思ってしまう。仕事に支障が出たらそれこそ大ごとだろうに・・・。
「つ、鶴城さん!大丈夫です!鶴城さんはやるときにはバシッと決められる人
です!僕は知ってますから!」
ここは僕の出番だろうと思い、僕なりに彼の沈んだ気持ちを上げられるような言葉をかける。――でも、秒後にはそんな気遣いをした自分を呪った。
「んもーーーっ!愛斗はよくわかってる!そう!わたしはやるときにはやる!
やる気がなきゃ出来ないないのは人として仕方ない事なんだよ!ね?愛斗!
二人も愛斗を見習って!こういう懐の深ーくて、優しい―言葉が掛けられる
ような人になるべきだと思うよ!」
・・・いや、違う。そんなつもりで言ったんじゃない。そもそもやる気がなきゃ出来ないって、やらなきゃいけないんだからあーも、こーもないだろ。
そういう事を言っているんじゃなくて、頑張ってね!っていう気持ちを込めて行っただけであって、誰も鶴城さんのその考え方を肯定している訳じゃないんだよ。
やってしまった、と思いつつも上野さんの方にチラリと視線を向けると、彼は大きなため息を吐いて僕の肩をポンポンとやさしくたたいてくれた。
「愛斗様の言葉の意味をしっかりくみ取れるようになるまで、交わり禁止な!
どうして貴方はそう前向きすぎるのか私には理解できない。」
上野さんに禁欲令を出されてしまった鶴城さんは、この世の終わりみたいな顔をして”ギャーッ”と叫び出した。僕としてもたまになら許して欲しいと思ってしまう。鶴城さんとピッタリとくっついて眠る事が今の僕にとっては最高に幸せで、これ以上ない位の安眠スタイルなのだ。腕枕がこんなに寝心地がいいだなんて知らなかった僕は、只今絶賛腕枕の心地よさにはまっているのだ。
ピッタリとくっついてしまうと、なにもせずに眠りにつく事なんて不可能。
これは流石に僕にとっても拷問だ・・・。
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