ぁんっ!

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「母さんは弁護士の力量に加えて数までそろえてきたからね・・・。まぁ、  普通に考えてわたしならあんなのには歯向かったりしない。恐らく、あちら  の弁護士も諦めて引くだろうね。恐ろしい事にあの人を本気で怒らせてしま  うなんて・・・。ひー、やだやだ。」 鶴城さんは軽い口調でこう言うが、きっと本当に本気で怖がっていると思う。 綾子さんの前ではずっと大人しくて、なるだけ距離をとって立っていたし、一緒にご飯を食べるときも絶対に隣には座らないし、なおかつ対面にも座らない徹底ぶりがうかがえたからだ。 僕たち姉弟の事をとても可愛がってくれてくれている綾子さんは、姉にもまめに連絡をしているらしい。僕なんかよりもずっと姉の近況を知っている事に、肉親とはなんなのかと考えさせられてしまう。いや、そこまで重く考えなくてもいいんだけども、何というか・・・僕の知らない事が多すぎて寂しいというかなんというか・・・。 「そうですね、かなり優秀な弁護士団を結成したと言っていましたし、今回は  簡単にかわせない書類もしっかり入手してあるとおっしゃってました。」 小春さんは何故かとても嬉しそうに話す。どうやら小春さんは玲子さんがとっても嫌いらしい。言葉にしたことはないけども態度で良くわかかる。分かりやすすぎるほどわかる。感情に素直な人だからこう言った感情を隠すことは出来ない質らしい。僕はそんな彼女の事が大好きだ。あ、人としてって事で。 「でも結局はなんだかんだとふらっと戻って来そうな気がするんですよね。  玲子さんのあれはもう執着というよりも怨念みたいなものですし、僕は今回  も正直あまり期待していません。申し訳ないんですけど・・・。」 僕の答えに皆は妙に納得してしまった、まぁ、当然だろう。今までだってあの人は不死鳥のごとく何度も父の前に現れているのだ。そう簡単には諦めたりしない、そんな物分かりのいい人だったらここまでの事にはならなかったはず。 「うん、わたしも実際彼女たちに会ってみて思ったけど、尋常じゃなくらいに  飢えてるという感じだったから普通じゃ終わらないだろうなって思ってる。  でもなるだけ愛斗の目にあの姿を見せないようにしたいとは思ってる。本当  に、あそこまでの熱量がずっと保てている事には尊敬するよねー。」 溜息交じりで呆れたように話す鶴城さんの姿を横目に僕はふと考えてしまう。 ”継続は力なり” いい意味で聞けば素敵な言葉だがあの2人にこの言葉をあてはめてしまうと”執念は怨念に変わる”という風に聞こえてくるから怖い。 外は猛暑で蝉たちがワンワン鳴いているというのに、あの2人の事を考えているとゾワリと悪寒が背筋を走っていく。きっと、真央に敵認識された子達は今もこうやってそこにはもう、いないはずの真央の陰に怯えているのだろう。 自分を支えてくれている周りの人の”大丈夫”という言葉を理解しつつも、底なし沼のような暗くて黒くて深い闇に捕らわれてしまった恐怖という名の隔離部屋から心が抜け出せない状態で苦しんでいるのだろうと思うと、平然と生きてい生活している真央には何かしらの罰を与えなければならないのではないだろうかと思ってしまう。誰かが誰かに罰を与えるなんてそんな大それたことをしてはならないと思っていはいても、苦しんでいる誰かを助けたいと思ってしまう事はやめられない。しっかりとハッキリと明確な結果が出せない状態で、僕はこうやって沢山の人に守られて、大好きな人に温かく抱きしめられている事に罪悪感すら感じてしまう事だってある。 真央をあんな風にしてしまった原因は僕にあると分かっているのに、何もできない。僕はやっぱり僕が嫌いだ―――――― 「誰にだって出来る事と出来ない事はある。そもそもわたし達はちっぽけなた  だの人間なんだから。今、愛斗が考えているような事が直ぐに出来るなんて  人はなかなかいないよ。でもそうやって同じ様に人の心の痛みを知ろうとす  る優しさは大切な事だと思うし、そうやって他人の痛みを分かろうとする  愛斗のその性格は尊いと思うよ。」 鶴城さんはこうやって直ぐに僕を救ってくれる。僕は何もできないのにこうやって僕のここの中の葛藤をいとも簡単に見透かして、わだかまりをほぐしてしまう。僕だって同じ様にスマートに彼の為にこんな感じの事がしたいのに。 格好いい人というのは何をやっても格好いい。悔しいけれどもそれがズバッときまるから余計に悔しい。同じ男として・・・。
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