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襖戸を開けると、そこにはご当主様と綾子さんが座っていた。寄り添うように仲良く・・・。
「ただいまも・・・「マー君!おかえりーっ!待ってたのよ!」
鶴城さんの挨拶を遮り、綾子さんは僕に向かって一気に距離を詰めて抱きしめてきた。彼女からふんわりと香る上品な香りが鼻孔をくすぐって思わず肺一杯に吸い込んでしまう。
実り過ぎている二つの立派な果実は僕の顔を挟み込むように並んで、酸素が薄く感じてくる。たわわに実り過ぎるのも問題だなとしみじみ思う。
「なっ!ちょ、ぎゃーーーっ!愛斗が死んじゃう!!」
果実の防音効果の所為ですぐ近くにいるはずの鶴城さんの声が、どこか遠くで聞こえる様なきがする。頭を何度も撫でられて、頬ずりをされながら果実に圧迫され続けていると、だんだんと意識も霞んでいくようなきがする。
まだ天使の元へは行きたくはないから、思わず両果実にむかって手の平を押し当て腕を思いっきり伸ばした。
「あんっ!マー君ってば積極的なんだから!」
えぇ・・・僕は積極的に呼吸がしたいんです。新鮮な空気を肺一杯に取り込んで、脳内にも酸素を行き渡らせたくて仕方ないんですよ!
「ごっほ・・・はぁっ、はぁっ、こっ、こん、にちは・・・。」
満面の笑みを浮かべたままの綾子さんのどアップを前に、挨拶だけはしっかりしなきゃと気合いを入れる。綾子さんがいるときはいつもこうやって一瞬召されそうになるから気を付けなきゃいけない。お互いに学習すべき点だと分かっているのだが、これがなかなか直らない。あ、学習しなきゃと思っているのは僕だけなんだろうけど。
「はい、こんにちはマー君。もう今日来るってわかっていても待つってツライ
朱羽なんて別に来なくてもいいけど、マー君は毎日いらっしゃいよ!私、
寂しくて仕方ないわよ。」
「あ、ありがとうございます。でも、さすがに毎日はきついですよ。僕もまだ
登校日とかもありますし・・・。」
大事な一人息子の存在をそんな風に言えてしまうなんて、やっぱり綾子さんはぶっ飛んでいる。でも当主様も後ろでうんうん頷いているが視界に入ってしまうと、本気で鶴城さんが可哀想になってくる。僕が父や姉にこんな風に言われたら秒でいじけてしまうだろう。きっとそれはそれは深くいじける。
「大丈夫よ!学校なんてここから車でビューンだし。なんなら朱羽が送迎すれ
ばいいだけの話なんだし。特にこれといって役に立たないんだから、それく
らいのことは出来るわよ、ねっ?」
いや、待って。役に立たない事なんてないから!ちょっとそれは酷いと思う。
僕は慌てて鶴城さんの方を見た・・・彼は鼻をほじりながらつまらなそうに違うところを見ていた。人は打たれ続けるとこうも何も感じないようになってしまうって事がよくわかった。
「や、役に立たないなんてことはないです!だって鶴城さんは僕の為にいつも
いろんなことをしてくれますから、本当に、いつも優しいですし。」
好きな人がこんな風に言われて黙って居られるわけがない、僕は思わず前のめりになって反論してしまった。綾子さんの実りに実った果実に顔を突っ込むことになってしまったけども・・・。
「マー君ったら・・・本当に可愛いんだから!葛葉が大事にするのもわかるわ
はぁ・・・こんな可愛いのに、朱羽で大丈夫なのかしら。羨ましいにもほど
があるわよね、ねぇ、あなた?」
綾子さんが向けた視線の先には当主様がいて、僕たちの事をとても優しい顔で見ていた。でもよくよく思い出してみると、この人にも一度押し倒されたんだった。あれ以来そういうことはないけれども、やたらと頭を撫でて来たり、気付かないうちに真後ろに立っていたりすることは多い。
「綾ちゃんあんまり朱羽をいじめちゃいけないよ?愛斗君も朱羽を選んでくれ
たんだ、親としてこんなに嬉しい事はないだろう?わたしも時々は愛斗君に
ちょっとだけ触れたらそれでいいんだから、綾ちゃんもその程度にして、
本当にさっきからとっても羨ましいんだから。」
途中までは・・・っ!途中まではメチャクチャ素敵なお父さんだった!!
これぞ当主様って感じの素敵なセリフだったのに!後半はただの変態のセリフになってしまった・・・。残念というか、全身から力が抜けていった。
「当主様も綾子さまも・・・朱羽様だってこうやってきちんとお仕事をこなさ
れておりますよ?あまり強く当たられますと、またへそを曲げてしまいます
ほどほどにしておいてください。」
上野さんの一言で2人はピタッと黙った。僕は思う、上野さんの立ち位置なのだがもしかしたら彼がフィクサー的存在なのではないかと・・・。
ちらりと上野さんを見ると、彼は困ったように笑っていて、なんてことはないこの人もあの2人に遊ばれていたんだと気が付いた。
本当に鶴城家の人たちは何処までが冗談でどこからが本気なのかわかりにくい
「あー・・・只今もどりました。今日から大祭の期間しっかりと務めを果たさ
せていただきます。愛斗の事どうぞよろしくお願いいたします。」
綺麗な正座に綺麗なお辞儀。両手を付いて挨拶する鶴城さんのあまりにも綺麗な所作に見蕩れてしまった僕だった。いつもはこんな挨拶をすることはない。
今日からの大祭がどれだけ大事な事なのかという事が身に染みてわかる。
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