8/25

1441人が本棚に入れています
本棚に追加
/231ページ
昼休みはいい。今日も僕のとっておきの場所で、コッソリとお昼を堪能する。 このお弁当と同じものを鶴城さんも一緒に食べているんだな、なんて考えてしまう辺り、もう僕は相当痛い事になっている気がする。 勝手に家に転がり込んできて、勝手に婚約者だといいはっているが、1人になってしまった僕にとって、彼の存在は大きかった。 あの家で1人で生活するのは正直寂しいものがあった。大好きな、じいちゃんばあちゃんがいなくなって、余りにも静かすぎる日常にまだ慣れる事がなかったから。 しかも、男であっても、誰か他人からこんな風に感情を向けられることも初めてだったし、確かに何故男なんだと思う部分はあるが、イヤじゃない。 僕の中にこんな感情が出て来るなんて考えたこともないけど、実際今、頭の中を鶴城さんが支配し始めているのだから、認めざるを得ない。 このまま黙って彼のお嫁さんになるつもりはないけど、この生活を今すぐ解消なんてことは思っていない。 僕の中で葛藤しているこの感情は一体何なのか、その正体はわからないけど、 あの人のふわりと笑う顔は案外好きだ。 いい男に騙されてしまう女性の気持ちがよくわかってしまうくらい、破壊力は十分にあると思う。 「ちゃんとご飯たべたかなぁ・・・。」 ぼそりと独り言を言うと、まるでそれをどこからか見ていたかのようにメールを知らせるバイブが鳴った。 ”愛斗君、今日は帰り時間通りかな?昨日みたいに遅いと困るから  わたしは迎えに行く事を決めたよ。ということで正門向かいの広場で  待ってるからね。寄り道しないで真っすぐわたしの所に来てね” 「迎えとか要らないって、何度も言ってるのに。」 僕はスマホに向かって文句を言うが、何の意味もない。 仕方がないから、返事をすることにする。 ”僕はバスで帰るって言ってますよね?勝手な事しないでください” 昨日は不測の事態だったから遅くなっただけ。今日からはもう何も起こる事はない。だからいつも通り家にいてくれればいいのだ。 それにあんないい男なんだから、注目を集めてしまう恐れだってある。 御園さんもスーパーで会った時、ぼーっとなっていたくらいなんだから、彼は相当格好のいい部類の男なんだろう。僕も彼の顔に関しては、本当にいい男だなって思っているくらいだし。 最後にとっておいた卵焼きを口に入れ、ごちそうさまを済ませる。 ペットボトルのお茶を飲み干し、トートバックに全部片づける。 使ったあとの保健室は綺麗に元通りにしておく、これが僕の当たり前。 教室に戻るのは億劫だが、仕方ないから重い足取りで階段を上っていく。 3年生の校舎が3階にあるのは、ある意味ちょっとした嫌がらせだと思う。 明らかに、1年生や2年生の方が体力もあって若さが違うだろう!特に体育の後の教室までの道のりは地獄としか言いようがない。 ぜぇぜぇと息を切らしながら向かっていると、 「御木くーんっ!何処に行ってたの?探したんだよ?」 御園さんが上から覗いて大きな声で僕を呼んだ。声の主の方を見る事も出来ない僕は、ただ黙って階段を上る。 それに今顔をあげたら、御園さんのパンツが見えてしまう可能性が大だ。 興味ないかと聞かれれば、そりゃ少しは興味があるけれども、でもだからといって、こんな分かりやすいトラップには引っかかりたくない。 男という生き物に対して、余りにも軽視されているような気がする。 「ねーっ、御木くーんっ!聞いてるの?」 返事をしない僕に、御園さんは追い打ちをかける様に上から声をかけまくる。 非常に響くその高い声は、周りの視線を集めてしまうからやめて欲しい。 御園さんの声だと分かると、他の男子がそちらに視線を移し、そのままじっと見上げて動かなくなってしまっている。 まさに、ハニートラップ!恐ろしいまでのチラリズム!ここまで巧妙に男心を掴むなんて、彼女は悪魔か何かなにかだろうか。
/231ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1441人が本棚に入れています
本棚に追加