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「ちっ、違うの!その、友達は都合悪くて、それに、パパは和食が好きでね
御木君、和食中心の材料買ってたし。」
なんと!御園さんもしっかりと僕のカゴをチェックしていたなんて!
やっぱりこれは買い物あるあるなんだと、ホッとした。
「いや、お母さんに教えてもらえばいいじゃないですか?御園さんちの。
いちいち僕が教えなきゃならない事でもないでしょう?」
そう、お母さんに教えてもらって、一緒に作ればいいのだ。それこそ、お父さんが一番喜ぶシチュエーションなんじゃないか?
僕だって、僕に娘ができたら、ぜひそうやって作ってもらいたと願う。
奥さんと娘が自分の為に、キッチンで食事を作ってくれるのだ。想像しただけでも涙ぐんでしまうくらいに最高だと思う。
「ママは、あまり料理しないのよ。キーパーさんにお任せなのよ。」
かーねーもーちーっ!!薄々感じてはおりましたよ。御園さん、貴方がもしやお嬢様なのではないかと。
毎日の送迎や、もっていらっしゃる物全部が、なんやかんやとブランドみたいだし。やはりそうだったか!
「なら、キーパーさんにお願いした方がいいですね。報酬を貰ってお世話して
いるんですから、完全な等価交換でしょう。では、さようなら。」
僕は御園さんにアドバイスだけして、生徒玄関に向かった。
お嬢様というのは気まぐれなんだな、と思う。隣の県に有名な私立のお嬢様学園があったはずだ。そこに通えばよかったのに、なぜこの県立の進学校にいるのかさっぱり理解できない。
お金に余裕があるなら、あの学校へ行った方がよほど彼女の為になるのに。
姉はその学園ではないが、似たような有名私立学園に進学した。
あ、姉の場合共学だったのだけれども。もともと成績は良かったし、卒業後の提携している大学数も沢山あった。勿論、就職先は大手企業ばかり。
御園さんにもその権利があったはずなのに、本当にどうしてここにいるんだ?
謎で仕方ない。
僕は生徒玄関で上履きを脱ぎ、ローファーに履き替える。
校門をぬけ、まだまだ暑い日差しに晒されながら、広場の方へ目をやる。
――――やっぱりいた。
黒い角ばったジープタイプの外車。鶴城さんの車で間違いない。
とくん、と心臓が打ち、それと同時に何とも言えない甘い感情がうっすらと芽生えてくる。恥ずかしいような、嬉しいような・・・。そんな感じ。
真っすぐ車に進むと、運転席にサングラスをかけた極上の男が、口元に笑みを湛えて僕の事をじっと見ていた。
運転席のドアが開き、中から長い足がニョキっと見えると、鶴城さんが出てきて、助手席のドアを開けながら言う。
「おかえり、愛斗君。よかった、タイミングばっちりだ。」
ニカっと笑っている口元から、サングラスをしているせいで見えないはずの瞳もなんとなくわかる。きっと、いつものように優しい瞳で僕を見ているんだ。
「――む、迎えなんていいって、言ってるじゃないですか・・・。もう。」
僕は素直にありがとうございますとは言えない。この人にはなんだか素直になれない。恥ずかしくて、甘くて・・・・。
「愛斗君、おかえり。」
車に乗り込もうとする僕にもう一度同じことを言う鶴城さん。
「―――ただいま、鶴城さん。」
僕が答えると、彼は満足そうに微笑み、頭をやわやわと撫でて、冷たい飲み物を差し出してきた。
この笑顔も、この大きな手も、僕をどんどん気持ちの悪い男の子に変えてしまう。この人の一挙手一投足が、僕の中の何かの感覚を甘く蕩けさせようとする
「これ飲んでね、あっついから脱水には気を付けなきゃね。」
キンキンに冷えたスポーツドリンクを手渡され、この優しさに慣れていってしまうんじゃないかという怖さを感じながらも、僕はそれを受け取り、キャップを開け、口にした。
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