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「夢物語でもいいじゃない?駄目だと言われて諦められるほど、人の好きって  簡単で、単純ではないでしょう?好きになる前に葛藤して、納得する時間  があるんだよ、だからそんな簡単に捨てる事なんてできやしないよ。」 そうか、言われてみればそうかもしれない。好きになる前に考える。 どうしてこんなにドキドキするのか、どうしてこんなに安心するのか、どうしてこんなに傍に居て欲しいと思うのか・・・。 一目惚れであったり、時間をかけて好きになっていったり、人を好きになるにもいろいろとパターンがある。 けど、共通しているのは、どうしてこんな事を思うのか、という風に考えている事。その人の事を、その人との出来事を・・・。 「つ、鶴城さんは、僕との事考えて、その、そういう考えに至ったんですか?  貴方の中で、納得してそしてその答えに行きついたんですか?」 こんな事本人を目の前にして聞く事じゃない、もし、違うと言われたらきっととてつもなく傷ついてしまう事くらいわかるのに。 勝手に口が動いて、勝手に言葉を話してしまう。止めたくても止まらない。 「―――そうだよ、何度も言ってる。君はわたしの婚約者だ。わたしが自ら  選んで決めた、わたしの花嫁だ。」 真っすぐ僕の目を見て、いつもの優しい笑顔はなく、真面目で真っすぐに真剣に僕に答える鶴城さん。 もう僕はこの人から逃げられない。この人の気持ちに向き合わなければならない。僕の気持ちとも向き合わなければならない。 イヤじゃない、から、何故嫌じゃないのかを考えなきゃいけない。 鶴城さんの真っすぐな言葉に返事が出来ない僕の頭を、彼は優しく撫でると 「急がない、どっちみち決まってることだし。でも愛斗君はきっとわたしに  惚れるよ?わたしがそうしてみせるからね。」 あの優しい笑顔を見せながら、こっちが真っ赤になるような言葉をはいた。 どこからそんな自信が出て来るのか知りたいよっ! 「まっ!なっ!勝手な事ばっかり!知りません、そんな事にはなりません!」 やっぱり素直になれない僕。違う、この人の間で素直になりたくないのだ。 もし、素直になってしまったら、この人から離れる事が出来なくなってしまう可能性が見えてきたから。 僕は鶴城さんに背を向け、食洗器君が仕事を終えたと教えてくれたので、皿を片付けにかかる。本当は、ドキドキしてこれ以上近くに居たら変な気分になりそうだったから逃げてきただけ。 「愛斗くーん、コーヒーおかわりー。」 居間からのんびりとした声で僕の名前を呼ぶ鶴城さん。それぐらいは自分でしてくれと何度言ってもやらない。 仕方がないから、僕はカップにコーヒーを注ぎ、手渡す。 「ありがとう、愛斗君。」 にこりと微笑む鶴城さんは、やっぱりいい男で、僕の心臓は動きを加速させる 吊り橋効果だ、吊り橋効果だ、騙されるな!と、言い聞かせても収まらないこの心臓が、もはや僕の本音なのかもしれない。 「そうだ、愛斗君?学校行ったらさ、その2人にはちゃんと言ってね。わたし  の事を。婚約者がいるって伝えてね。」 「―――バカな事言ってないで、さっさと風呂に入ってください。」 僕はそう言いながらも、自然と笑ってた。本当に不思議なくらいにすんなり笑うことが出来た。 婚約者かぁ・・・。全然納得はしていないけど、やっぱり検討の余地はあるんじゃないかと思えてくる。 今こんな風に思うのは、きっとさっきの吊り橋効果の所為だとは思うけど。 ブツブツ文句を言いながら、バスルームに消えていく鶴城さんの後姿を眺めて自分の気持ちが思っている以上に落ち着いている事に、驚きつつも、後片付けの続きに戻った。
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