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リーフェルトの住むマンション。
帰るなりいつものようにシャワーを浴びて着替えた後、 まだ慣れない陽射しに自室で消耗した身体を癒す。
なんとなく横になったベッドの上でふと気付けば、ベッド近くのデジタル時計は既に夜の十時を回っていた。
慌てて起き上がり、カーテンを開ければとうに陽は沈みきり、外は暗い。明日から連休とはいえ、油断し過ぎた。 目覚ましでもつければよかったと、内心後悔した。
(……この時間から料理して、お皿を洗って……)
寝ぼけ眼で時計を睨み、 頭の中で大体どれくらいの時間がかかるかざっくりと計算する。
簡単な料理一つならそんなに時間はかからないだろうが――。
(面倒くさいな……)
最後の授業が体育だったせいか、まだ身体は気怠い。 もう一度横になってしまいたいくらいだ。
しかしそういうわけにもいかないので、ベッドから降りて洗面所に行き、リーフェルトは自分の髪にブラシを通した。
「コンビニ行こう……」
辰弥に世話になった日の翌日から、慣れない料理に昨日まで頭を悩ませたのだ。だから今日ぐらいいいだろうと判断し、 そのまま彼は鍵と財布をポケットに入れて家を出た。
リーフェルトが今住んでいる家はまあまあ住み良くはあるが、コンビニと家の距離は微妙で、少し歩く必要がある。
まだ疲れが抜け切れていないのでさっさと飛んでいきたいのだが、人間界でそんなことをするわけにはいかない。
早足で辿り着いて食欲をそそる夕飯と飲み物を買い、コンビニの袋を手から提げてマンションに戻る。人気のない、自分の足音だけが耳に響く夜の道。
その道のりの中、 目の端に何かがひょっこり現れ、リーフェルトはそちらに目を向け立ち止まった。
……黒猫だ。
好奇心のまま、猫の目線に合わせるようにリーフェルトが膝を曲げる。しかも見事な金色の瞳だ。
自分たちのような魔の種族は風習や掟で本能を刺激することで力を得、 その証とし、魔の力を使った際に灯る瞳の色が青から赤へと変化する。
だが繁栄した種族であればあるほど成長はそれだけに留まらず、 種族の長や王から瞳の色が変化したことを認めてもらうことで成人になった祝福を授かり、更なる力を手にできる。
王が認めた立派なヴァンパイアとなった時、 その証として瞳が赤から金色へと変わることから、 まるで長に成人を認められた魔族のようで、ほんの少しその黒猫に親近感が湧いたのだ。
そう――しゃがむ、という行為。 それはその時リーフェルトにとって、本当にたまたまの行動であった。
「……?」
頭の上から、何やら妙な音が耳に届いた。それは日常ではそう聞かない音。
なんとも上手く例えようはないが。
金属が何か擦れるような音と、なにか突き刺さるような音が混ざったような。
「……」
黒猫から頭上の音に関心を移し、立ち上がるリーフェルト。
そこには何やら、奇妙なものがあった。
白い、なにか輪のようなものが二つ、自分の首の付け根あたりの位置でコンクリートの壁に突き刺さっている。
(……コンビニに行く時、こんなものあったか な……?)
それらには取っ手のようなものがついていて、
すべらかな白い輪の表面には、小さな文字が円に沿って刻まれている。
(なんだろう……チャクラムみたいな――)
実家である城の武器庫に、これとよく似たものがあった気がする。 よくよく調べようと、二つの輪に彼が手を伸ばしかけた瞬間。
焼け付くような痛みが、リーフェルトの左脚を貫いた。
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