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「……いよいよ、見習いの肩書きを外していい頃だな」
一方。退魔師の仕事帰り。 自分と肩を並べ歩いている陽人に、相棒である辰弥が普段リーフェルトやクラスメートにも見せないような柔らかな表情で口を開く。
「んー。まだまだじゃねえかな」
「そうか? でも大した怪我もしなくなったじゃないか」
「でも俺はまだ見習いでいいな。 そっちのほうがなんていうか、気合いが入りそうで」
「……まあ肩書きがなんであれ、強くなってくれるならそれでいいさ。 ただ君は修業に関しては意欲的なのに、色恋に関しては積極性が足りない。頼りなく見えるぞ」
「……スミマセン」
突然消え入りそうな声になって、目を泳がせ謝る陽人。
「だからそんなところがいけないのだ」という科白が辰弥の喉から出かかったが、なんとか飲み込み咄嗟に溜め息に変換し吐き出す。彼には彼なりに考えているのだろうが、どうもじれったい。小夜に気持ちを告げる気があるのかさえ怪しくなる。
陽人曰く「いつかは……」とのことだが、 そうしている間にいつの間にか小夜に彼氏ができて、勝手にへこんでいるのだこいつは。折角自分が認めた男だというのに、何故こんなに自分に自信がないのか。
幸い小夜には男を見る目が絶望的にないので、続いても一か月ほどで失望し別れてしまう。ちなみに小夜は易々感情に流され身体の関係になるような娘ではない。それ以前に小夜の意思を無視して無理矢理致そうという男が現れれば、幼馴染である自分が小夜の父親と結託し即完膚なきまでに叩き潰すので、小夜の身体はまだ綺麗なものだ。
(次に小夜にろくでもない彼氏ができたら、こいつを説教部屋行きにしよう――)
ジトっとした目を陽人に向けながら、辰弥は中指で眼鏡を直す。その時――眼鏡を直した自分の手の甲に何かが当たったような気がして、 ふと、掌を反転させそれに目を落とした。
「……なんだこれは」
足を止めて低く呟いた辰弥に、陽人も立ち止まる。相棒の手からは、何か赤い液体のようなものが滴っていた。
「血……?」
今日の仕事では陽人同様、辰弥も怪我など負っていない。
降りだした雨が身体に当たるのと似た感覚だったから、 どこから降ってきたのだろうかと、辰弥は咄嗟に空に目を向けた。
脚から滴る血もそのままに、リーフェルトは羽を広げて飛行しながら逃げ回る。怪我をしているのは最早脚だけではなかった。
肩越しに見やると、まだ追跡してくる二つのチャクラム。
一つ一つの威力は大したものではないが、 じわりじわりと時間をかけてなぶるように、自分の身体を少しずつ切り裂いていく。
「なんなんだよ、あれは――!!」
訳が分からなかった。どうしてあんなものに追われているのかと、何度も頭の中で誰に向けたものでもない疑問が回る。本当にあれが武器だとは思わなかった。そしてチャクラムを操り、誰かが自分を狙っている。
しかし心当たりはない。 自分はまだこの世界に来たばかりで、半人前で、誰も傷つけてなどいない。
(どうして――)
息を切らしながら、パニックになりつつある頭に一瞬過ぎる、陽人と辰弥の顔。
……まさか彼らが? 今自分を狙っているのは、あの二人?
自分の素性を知るのは、彼らだけだ――。
(そんな、馬鹿な……でも……)
拒否する感情。あんなに、自分に対して優しくしてくれたあの二人がこんな形で自分を襲うなんて。
信じたい気持ちと、犯人を彼らだと結び付けたい猜疑心が、リーフェルトの意識を少しの間鈍らせる。
そして――その少しの間が、命取りだった。
「半人前か。楽でよかった」
そんな声が上から聞こえ、ハッと我に返ったリーフェルトの胸は、 身を翻し空に対し身体を上に向けた瞬間、何かに貫かれた。
そしてそのまま、自分を貫いている得物と一緒に落ちていく。
ごぽりと口から血があふれ出す感覚も忘れ、 信じがたいものを見たというように、リーフェルトは目を大きく見開いた。
少年だ。
しかし自分を貫いたその少年は、陽人でも辰弥でもなかった。
それより更にリーフェルトを一番に驚愕させたのは、その背に生えた羽。
その形状。
(ヴァンパイア……僕と、同じ――?)
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